春の雪

『灰色の魂』 フィリップ・クローデル著 高橋啓

 話は、1917年。ドイツとの国境に近いフランスの片田舎での殺人事件から始まる。川面に浮かんだ被害者は村の料理屋の十歳にも満たぬ末娘。「べっぴんさん」とも「昼顔」と呼ばれた妖精のように美しい少女。

 いたいけない少女を殺めたのは誰か。背景には1914年に始まったドイツとの戦争がある。峠の向こうには硝煙が立ち上り、街道には前線に向かう兵士の隊列と送り返される傷病兵が溢れている。

 シャトーに閉じこもり、孤独に職務だけを遂行する検察官。欲望にまみれ庶民など糞としか思わぬ判事、出征した前任者に代わり村の小学校の教師になった美しい若い女性。そしてこの物語を一人称で語る「私」などなど。

 いくにんかの癖のありそうな人物を巻き込んで話は進むが、謎めいた筋書きと装飾過剰とも思える古めかしい文章のこれは、一体ミステリーであろうか。みすずの編集者は、これは「文芸ミステリー」だという。読むきっかけになった豊崎由美の書評では「味わい深い豊かで内省的文体を備えた」ミステリーとしてこの本を紹介している。

 ジャンルはどうであれ、ともかく久しぶりに面白かった。

「こんなことを書いて、いったいなんの役に立つ、書く。ただそれだけ。まあ、自分に語りかけているようなものだ。私は私と会話する。過ぎ去った時代についての会話だ。数々の肖像画の保管、自分の手を汚さずに墓も掘る」

 書きての私の独白。わかるなあ。ちなみにこの本は2003年から2004年、フランスでのベストセラーだったらしい。

 

 

 

          赤い実に鳥喧し春の雪