春寒し

『歌枕』 中里 恒子著

 岡武さんがブログで取り上げていた本。どんな文脈での紹介だったかは忘れた。

 古風な文体と筋書である。初めての言葉がでてきた。肉池とは前後から予想ができたが、黄白とはいったいなんだろう。お金のことを言うそうで、初耳である。麦藁手の本歌というのもあった。麦藁手も本歌もわかるが、麦藁手の本歌となるとわからぬ。本物ということかと勝手に想像する。

 骨董に入れ込みすぎて禁治産者となり、本宅から放逐された老年の男と、彼を慕って付いてきた三十も歳の離れた女の話だ。七年という歳月を世間から離れてひっそりと暮らした二人だが、ある日突然出先で男は倒れ、そのまま死んでしまった。当然だが、女は別れを告げることも葬式に並ぶこともない。男の身内からわずかばかりの手切れ金を渡され、住まいを出ていくように促される。女は男の思い出を葬り去ろうと、位牌の代わりに男の遺した花生に花を入れ、ひとりの弔いをする。そして、生前男がほのめかしていた仕覆の仕立てで、ひとりで生きていこうと決意するのだ。

 哀しい話である。歳の差をこえた男女の愛というより、男を失った後の女の矜持に、ほろりとさせられる。僅かな手切れ金も固辞し、思い出だけを胸に、独り立ちを決意する女の姿は今では考えられぬ古臭いものかもしれぬ。古臭いものが古い文体に相まって、これはこれでなかなか読ませられた。

 

 

        嘘にまた嘘塗り重ね春寒し

 

 

  風もなく日差しもあると、かかりつけ医に出かける。よたよた歩きながら、春をみつけるのも今日の課題。たんぽぽは畦に一輪、遠目に菜の花の盛り。イシダダキのつがいのおいかけっこ、野中の白梅。