どんぐり

娘夫婦来訪

 来訪は盆以来である。今月誕生日を迎えたオバアへのプレセンドを月の内にと気遣ってのこと。毎年愉快な猫グッズを探してきてくれたのだが、さすがにネタが尽きたと言って今回は「暖か室内履」。冷え性で、そろそろ冬用スリッパをと思っていたので、まことにいいタイミングだ。すっぽり足が包まれる割に、脱ぎ履きもスムーズにでき、丸洗いもできると、言うことなし。ありがたくいただいて、早速使わせていただく。

 久しぶりなので、みんなで食事にでかけ、お喋りも楽しむ。大抵は孫二人の近況。就職して2年目の上の孫は、相変わらずのコミュニュケーション力。職場でサッカー同好会を作ったり、友人とフェルメールを見に行ったり旅行をしたり。なんと歯科医になろうという友達の実験台で歯科矯正もしてもらっている。もっとも肝心なところは指導医がして、見習いは型取りなどらしいが。幼い頃から物事に拘泥しない子だったが、それがいい意味で人間関係を豊かにしているようだ。

 下の孫はまだ薬学生の3年目。勉強とバイトとゲーム(?)の日々のようだが、こちらは男友達ばかりの兄とちがって彼女がいるらしい。まだこの前までママが一番だったのにと、笑える。

 娘とは日頃は電話で長話をすることもないので、久しぶりのお喋りをいろいろと。娘婿が気を利かしてケーキを買ってきてくれ、さらに楽しいひとときになった。

 

 

       どんぐりや兄といってもまだ三つ

 

  下の孫が生まれた時に詠んだ句である。男兄弟はお互いにクールな関係らしいが、この時三つの兄は、ずいぶん下のチビをかわいがっていたのを思い出す。子供が成長するのは早いものだ。

秋深し

行く秋と冬支度

 まだ先週真夏日を記録したのに、一挙に木枯らしとかや。お昼のニュースは「東京地方と近畿地方に木枯らし1号が吹いた」と伝える。じゃあ名古屋はどうかしらんと思えば、「木枯らし1号」を宣言するのはその2地点だけという慣習らしく、東海地方に「木枯らし1号」が吹いても季節だよりにはならないらしい。もっとも木枯らしは風速8m以上ということなので、当地の今日の北西の風は5m程度で、木枯らしには該当しない。

 それでも案外強い北風に、庭の柿の木の落葉がひどい。夏場は涼しい木陰を作ってくれるが、落ち葉となると世話がかかる。昔のように焚き火も気楽にできぬので、掃き集めてふくろに詰めて小一時間。3本の柿の次は木蓮の大木、当分この作業が続く。

 先週末の雨の日を使って、食卓の椅子座布団の冬用カバーを縫い上げた。冬に向かっては、まだ障子貼りが残っている。座敷などと違い、業者に頼むまでもないと自分で張り替えてきたところだから、ひと踏ん張りしないと。

 なんやかんやでちっとも本が読めない。種村季弘著『雨の日はソファで散歩』。読んだには読んだが、田舎のオバア程度には何も書けないなあ。そういうのは、読んだとはいわないか・・・。

 明日、娘夫婦が来訪予定。オバアの誕生日プレゼントを持って来てくれるらしい。

 

        新道を外れたる径秋深し

 

 

 

菊の酒

『風まかせ十二カ月』 柳家三三著

 どこで知ったのかわからない。読みたい本のメモにあったので、図書館で借りてくる。「三三」と書いて「さんざ」と読み、なかなかの実力者でいらっしゃるとか。(今回初めてYouTubeで一席聴かせていただきました。)俳句も詠まれてバイク好きで文章も書けた小三治さんのお弟子さんという。

 落語は好きな方だが、地方では余程でないと生では聞けない。NHKのEテレで「日本の話芸」を時々聞くとか、同じEテレの「おとなのアーカイブス」でかつての名人芸を聞くとか。(これがいいのです。最近では枝雀さん、米朝さん、小さんさん、志ん朝さんと懐かしい名人芸を堪能しました。)

  この本では十二カ月、月々に合った噺のことや落語界のしきたりやら組織、寄席の興行のしくみとか、お稽古の仕方とか、今まで知らないことがいっぱい。いやいや、あの長い噺を一二度聴いただけで覚えちゃうというのですから驚きだ。二人して噺を前半後半と分けて話して、まとめちゃうという例もあり、さすがプロだ。

 今調べてみると、この人とかぎっての落語はなかなか聴けないにしろU-nextにも幾人かの名人芸が録画されてるようなので、それはちょっと楽しみにしたい。

 先週の金曜日、総合医療センターでCT検査を受けた。前回(7月)の検査結果で肺に小さな影が見られたので、再検査である。結果はオーライ。影は消えていた。その際先生との対話で、先の手術から6年がたったことゆえ、次回のCT検査をもって終了にしようかという話になった。膵臓に嚢胞が見られたので通常より少し長く見て頂いたが、これでようやく終了らしい。2018年の発病以来、何回かの手術を経ての今である。歳相応によたよたはしているが、幸いというしかない。

 

         老いぼれてたがひを嗤ふ菊の酒

 

葛

縫い物をする

 今月に入ってから、先月分を取りもどすかのように晴れ続き。一昨日はひさしぶりの寒冷前線の通過で、半日雨となる。雨の日の縫い物とて、少し厚手の木綿(シャンプレー)で、パンツを縫う。阪西紀子さんという方のパターンで、簡単に縫え、はきやすく、形もすっきりしているのでお気に入りだ。もう、同じパターンで8着も縫った。大きいパッチポケットを左右に付けて、使い勝手よく。

 縫い物も楽しいし、最近は出かけることも多くて、本が読めない。二つの図書館から借りた本が七冊も待機している。読み始めたのは

『文学の見本帖』池内紀本である。

 21人の文学者を取り上げておられる。「いずれも、ひそかな『わが友』だ。・・・何を話したというのでもないのに、別れたあと気持ちが大きくなって、こころなしか元気になる。」という21人。

「ある時自分に宿題を出し」好きな作品を詳細に読み込んで、「言葉の標本箱」をつくろうと試みられた。

 例えば、私も好みの司馬遼太郎。司馬本はなぜおもしろいのか。それは「事実を忠実にたどりながら、まるでありえない物語」だからだ。それが司馬史観といわれるものに、しっかりと支えられてもいる。さらに文体。講釈師が張り扇をピッシャリと入れて語るように、流れるような名調子。それを支えるのは、ひとつは独特の比喩の使い方。例えば、男が女を「樫材のように硬い腕」で抱きしめ、「岩場の鮠をおさえるように」触れるという次第。身近で日常的な喩えによって、イメージがすぐに経験的に立ち現れる効果があるという。

 なるほど。司馬さんの喩えは気になっていたのだが、そんな効果があったのか。私は司馬さんの独特な感情表現も好きで、「あわあわとした近江」と読んだだけで、琵琶湖に抱かれた近江の慕わしい風景が浮かんでくる。

 さて、さまざまなアンソロジーの編者を引き受けられたことからして、池内さんの読書範囲は広く、読みは深い。最近は文学書は読む気が起きないなどと生意気なことを思っていたのが、恥ずかしい。この池内本を手引に、未だ読んでいない著者との出会いも、楽しんでみようかと思うが、まずはこの本の読了である。

 

 

        葛咲くや登るにつれて海開け

 

 

秋晴れ

「敦賀・三方五湖」へゆく

 連日のおひさまマークに「そぞろ神ものにつきて」、ひと日越前の地に遊ばんとす。

 まずは敦賀。わが市とは姉妹都市とは聞いていたが、訪問は初めてだ。高速を降りるとドーンと目につく敦賀駅。昔々乗り換えで降り立った鄙びた風情はどこにもなく、立派な新幹線停車駅である。その駅を横目にまずは古刹の「西福寺」へ。

「西福寺」

 室町時代の開山の浄土宗の古刹である。御影堂・四修廊下・阿弥陀堂・書院が国の重要文化財。庭園が国指定の名勝である。現在御影堂が大修理中で覆屋が被さっているが、拝観はできる。

総門 寛永年間の建立 奥の三門は火事のため近年の再建

大玄関

名勝庭園

阿弥陀堂内部 敦賀市最古の建物。一乗谷朝倉氏の仏殿を移築したとのこと。柱や須弥壇、お厨子など漆塗りで見事である。 阿弥陀如来は平重盛御持仏とあり。

境内に「スダジイ」の巨木二本あり。樹齢650年、市の天然記念物指定。

 

      木犀や古刹雨戸の板の破(や)れ

千束蕎麦店

 昼餉は例にもれず蕎麦。人気店の越前十割蕎麦である。時間前から並ぶ人ありとネットにあったので。開店五分前に寄る。すでに二三人待っておられる。おろしそばがお勧めというので注文したが、とても美味しくて満足。

「氣比神宮」

 越前の国一宮である。御祭神はどなたかと案内板を見れば、主祭神はイザサワケノミコト。近くに秀麗な山があり、多分その山が古代信仰の対象で、それを神格化した神にちがいないとTが言う。案の定案内板を詳しく見ると、この山(天筒山)が降臨の地とあった。

松尾芭蕉像

「月清し 遊行のもてる砂の上」芭蕉がこの地を訪れた時の句である。14日の月が美しかったので、一日早くお参りしたという。遊行上人の砂運びの故事にならいて今も時宗の上人交代の時には「砂運び」行事があるということだ。

 

「敦賀市立博物館」

 昔の銀行(大和田銀行)を博物館に改修したもの。敦賀で処刑された「天狗党」の資料などを展示する。後で調べたら神社や鰊小屋もあるようだが、悲惨な話でとてもではない。

 

「気比の松原」

 日本三大松原のひとつ。海が美しい。暑すぎてへろへろになった爺婆は砂浜をちょっとよろよろしただけ。港に海上保安庁の船が停泊してるのが遠望できる。

「三方五湖レインボーラインと展望台」

 敦賀市から隣町の「三方五湖」まで移動する。「三方五湖」は若狭湾沿いにある五つの湖。淡水・汽水・海水と水質も違い、色も違うという。以前、水月湖のほとりの「年縞博物館」を訪れたことがある。(2024・11・20)今回は、五つの湖の全体像を見てこようというのだが、あまりに疲れたトシヨリ二人は、だんだんどうでもよくなり、車窓から見るだけでよいという気分。

 ところがである。レインボウラインという自動車道を上り詰めてたどり着いた展望台。あまりの眺望の素晴らしさに、さらに上空の山頂までケーブルカーで上ることに。以下頂上からの景色。

 

     秋晴れや様いろいろの五つ湖(うみ)

 

     山頂ゆ潮目まぢかに秋の海

 

  さて「道の駅三方五湖」で夕食用の鯖寿司その他を買って一路帰宅。8時に出て5時着。しっかりと遊んできた秋の一日でした。

爽やか

岐阜県美術館『フランス近代絵画の祝宴』を観る

 

 金木犀の香りがただよい、大気がいっぺんにひんやりとしてきた。もう、窓を開け放してというわけにいかない。

 昨日の日曜日、県図書館の更新日であったから、本の借り換えと一緒に隣の県美術館に寄る。「フランス近代絵画の祝宴」と名付けての展覧会。県美術館と笠間日動美術館の所蔵品が中心だが、二百点近い作品である。19世紀末から20世紀にかけて、パリに集まった芸術家たちの作品で、ルノワール・ムンク・ピカソ・マティス・ルドン・藤田・シャガール・セザンヌ・ルオー・ゴッホ・モネ・ゴーギャン・ミロなどなど。

 開催して間がない日曜日で、かなりの鑑賞者。Tに言わせるとこんなにお客さんの多いのは久しぶりだということ。美術館にとっては慶賀の至りだ。流れに乗ってさっと観て回る。やはり人物画より風景画に惹かれる。さらっとした色使いと繊細な筆致の藤田の作品は好みだが、これも意地悪な目つきの女の子たち(「子供の連作」)より風を感じる庭先の方(「レスコニルの家」)がいい。

 あまり多い作品と人で、相当に疲れたオバアは常設展はちらと覗いただけで退散する。

「お客様、まだ奥にありますよ」と親切に受付の女性が声をかけてくれたのは、出口でなくて、入口にもどったから。まったく絵を観るだけでこんなに疲れては話にならない。

 美術館では「名画を模写する」という企画が行われていて、常設名画の前にキャンバスと50色ぐらいのクレパス?が用意された部屋がある。もちろん素人の方だと思うが、何人かが熱心に描いておられた。なかなか興味深い企画だと思ったことだ。

マイヨール「地中海」

 

 

       爽やかや色づき初めし木々もあり

 

 

秋ともし

縫い物をする

 今日も雨である。雨だから縫い物をしようと思い立つ。この雨が明けたら一挙に肌寒くなるとの予報である。少しずつ冬支度のつもりの小物作り。くたびれてきた座布団カバーの更新である。縫いためておいたパッチワークの小品を使って、まずは一枚だけできた。

 貧乏性なんだろう。端切れが捨てられない。自分の服だったり、子どもたちの服だったり、思い出があるから、縫いつなげて小物を作っているのだが、そろそろ処分時かもしれない。

 写真に撮れば、なかなかいいではないかと自己満足だ。

 

 

 

 

 

      寂しきも寂しきなきも秋ともし