金木犀

岐阜県博物館特別展「いにしえの岐阜」を見に

 弥生から古墳時代を経て古代までの出土品などの展示である。土器やら鏡、石製品が主で、最も興味深かったのは「線刻絵画土器」である。

 弥生時代末期に造られた「方形周溝墓」から出た土器には鹿や犬、高床式建物、人の顔(口辺に)などが線刻されている。写真に撮ることはできなかったが、同時代の別の遺跡から出土した絵画土器はさらに貴重で有名なものである。それには大旗をなびかせ、80本のオールで漕ぐ船が描かれているが、それで3世紀当時の航海術の進歩をうかがうことができるものだ。

 岐阜にも銅鐸の出土はあるが、中でもこれは最大のものである。江戸時代に発掘されたもので、欠損はあるが高さは111cmもある。

 県博物館は定期的に面白い特別展を企画されているが、お客さんは多くないようだ。昨日は平日だったせいもあり、わが家以外は一組だけだ。学芸員の方がリーモートで授業をされていた。豊富な史料があるから、いい試みだと思う。

 

 

 

       ふいうちといふ出会い金木犀

 

 

 

秋の蝶

ハンドウォーマーを編む

 以前なら九月ともなれば、待ちかねたように大物を編み始めたのに、もう気力がでてこない。

どうしようもない古糸などは処分したが、新しい残り糸などは捨てがたい。たまたまYouTubeに「引き返し編みでのハンドウォーマー」の編み方がでていたので参考にさせていただく。

 小物で簡単な編み方なので、サクサクと編めて楽しい。冬場の散歩に活躍しそう。指が自由だからカメラを使うのにはいいはず。

 

 縁側から外をぼんやり見ていたら、庭の芙蓉に大きな蝶が。以前見た渡辺省亭の描画のようだとカメラを抱えて飛び出す。もっとも省亭の絵は、牡丹に蝶だったとTに言われましたが。こちらは白芙蓉にナガサキアゲハ。優雅にゆったりと

 

 

 

       想い出を誘ふがごとし秋の蝶

 

 

 

 

草の花

『国語教師』 ユーディット・W・タシュラー著 浅井 晶子訳

 久しぶりに時間を忘れて読んだ。中国文学者故井波律子さんのお薦め本である。帯に「(2014年)ドイツ推理作家協会賞受賞作」とあるが、いわゆるミステリーではない。深い愛の物語なのだ。が、話が進むにつれて真実が明らかになっていく点では、ミステリーの要素は大きい。

 同じ帯から引用すると

「かつて十数年を共にし、16年ぶりに再会した50代の男女、作家の男は語る、自分の祖父を主人公にした物語を、国語教師の女は語る、「私」が若い男性を軟禁する物語を。ふたつのフィクションはそれぞれの過去を幾重にも謎めかせ現在のふたりへと繋がっていくー」

 詳細に触れると、読み進む面白さを損ないかねないので、詳しくは書かない。だだただ実に面白く、最初にも書いたように時間を忘れて読んだ。

 テーマのひとつに「人生の選択」がある。人生を振り返って、あの時こうすればよかったかと思う「選択」である。様々な選択の結果、今があり、違う選択は違う人生となったかもしれない。私自身はどうだろう。成り行きに任せて選択してきたきらいはあるが、概ねこれで良かったのではないか。彼と彼女はどうだったのか。それは読んでのお楽しみ。

 

 

 

       放棄地の胸まで伸びて草の花

 

 

 

 

 サボテンの植え替えをする。連れ合いが、知り合いから100均で買ったらしい大量のサボテンをもらってきた。窓辺に置いておいたらすっかり大きくなって、植え替えてやらねば気の毒という状態に。「植え替えてやったら」と言ったら「任せるわ」ですって。「サボテンなんて可愛いと思わない。何でもらってきたのよ。」とブウブウ言いながら植え替え。トゲがチクチク痛く、手間がかかって疲れた。結果は以下のとおり。

秋夕焼

「奇跡の戸籍『半布里戸籍』〜古代戸籍を紐解く〜」を聴く

       島田宗正氏(富加町教育委員会 文化財専門官)の講演

 

 昨日、市の歴史研究会主催で開かれた講演会に出かける。正倉院にある現存最古の戸籍、半布里(はふり)戸籍についての話である。

 半布里戸籍は現在の岐阜県富加町に比定される地域の八世紀初め702年に作られた戸籍である。つまり大宝律令の戸令に基づき作られたもので、現存するのは全国で12通しかないと言われ、内7通が美濃国半布里のものである。

 記載されているのは54戸1119人。家族関係や親戚等も推察できる。姓から見ると、「秦」姓が453人で全体の4割、苗字からみるに渡来系の人々と思われ、残りは在地系の人々らしく、県主(あがたぬし)・物部・牟義氏などだという

 人口構成は現在と比べると若年層の比率が高く、老人は少ない。統計的研究によれば平均余命は、男が32歳ぐらい、女は28歳ぐらい。だが驚くことに最高齢で93歳の女性がいる。いつの時代でも芯から丈夫な人はいるものらしい。

 この貴重な戸籍がどのようにして残ったか。これは全く「奇跡的偶然」が重なったということだ。藤原宮と平城宮で公文書として30年保存されたあと、古紙として東大寺に払い下げられ、裏面が物品支払帳としてリユース使用された。その後、東大寺関係文書として正倉院に保管され、幕末になって初めて見出された。つまり1000年以上の眠りから覚めたわけだ。

 講師の話は、さらに戸籍に記載された人物名を平城京出土の木簡に見つけ、「衛士」として働いたらしい彼に係る話まで膨らましてくださった。8世紀初め、彼等は美濃の山奥から都に呼び出され、「何を思いどう生きたのか」。

 二時間弱の話であったがとても興味深く聞かせていただいた。富加町の郷土資料館には複製の戸籍があるというので、また機会があれば見学したい。

 

 

 

 

        伊吹嶺の背中焦がして秋夕焼

 

 

 

 

遥か正面に見えるのが伊吹山

敬老日

『猫に教わる』 南木 佳士著

 多分、最新のエッセイ集である。文体に惹かれるものがあって、エッセイがでれば借りて読んできたが、小説は読んだ覚えがない。そういうあまりいい読者ではないのだから、とやかく言えたものではないが、話はいつも同じような話になる。

 若い頃、医師と文筆家の二足の草鞋を履いていたこと、死を看取る癌病棟のでの日々に疲れてパニック障害となりうつ病を患ったこと、受験に失敗し都落ちをしたこと。

 毎回出されるこれらの話題に、僭越ながら人はここまで過去に拘るものなのかとさえ思ってしまう。

 「こんな安楽な時を過ごせるのは期間限定であることが日に日に明らかになってくる」とおっしゃるが、まだ我が身より六歳も若い。(私も含めて)「老い、老い」と騒ぐが、今や後期高齢者でも全人口の15、5%だと、今日の新聞にあった。自戒も含めて「老い」にあまり感傷的にはなりたくはない。

 いくつかの話の中で、息子たちの連れ合いに「ハンコ」をプレゼントしたという話(「夜明けのハンコ」)と、ネットラジオを愛用しているという「ネットラジオを聴く」がよかった。

 

 さて、台風禍の敬老の日である。先程けたたましく隣の市からの避難警報がなったが、幸いこの辺りは大事にはいたらなさそうだ。「わが町の魅力」という番組をみていて、この基地の町に魅力なんてあるかしらんという話になった。「災害の少ない町」と連れ合いが言って、納得。ずっとそうであってほしいものだ。

 

 

 

        爺は畑婆は家事をと敬老日

 

 

 

 

つくつくし

『新・木綿以前のこと』 永原 慶二著

 昔の人は何を着てたんだろう。そう思ったのは、少し前に読んだ上野誠さんの『万葉人の奈良』で、「調」の麻織物に苦労する東国の女たちの歌を読んだからだ。ともかく麻(苧麻)の茎から繊維を取り出し、糸により、織り上げるまでは相当の手間だったようなのだ。しかも麻布と絹織物しかなかった当時は、当然庶民の着衣は年中麻だったようで、家族用と租税用とを用意するのは、並大抵ではなかったらしい。

 この本の冒頭にも『おあん物語』のおあん婆の昔ばなしとして

「おれが十三の時、手作りのはなぞめの帷子一つあるよりほかには、なかりし。そのひとつのかたびらを、十七の年まで着たるによりて、すねが出て、難儀にあった。」

と、ある。三百石取りの侍の娘でもこうであれば、庶民はおそらく襤褸に近いものを着ていたにちがいなく、今のドラマのような衣服はあるべくもない。

 このような貧しい衣生活におおきな転換をもたらしたのは木綿であるが、日本人が木綿を常用し始めた歴史が意外と短い。初めての木綿布が、朝鮮や中国からはいってきたのは、鎌倉期末で、当初はかなりの貴重品であったようだ。麻よりも保温性があるので最初は兵士の衣服として重用されたらしい。

 16世紀になってようやく綿の国内栽培が盛んにおこなわれるようになり、それらはまたたく間に国中に拡がったのだ。というのも兵士の衣服にも日常着にも帆布にも銃の火縄にも木綿は重宝だったからだ。第一麻布では夏はともかく、冬の寒さは厳しかったにちがいない。

 昔面白半分で綿花を作ってみたことがあるが、綿に包まれた種が厄介で、結局なんの利用もできなかったが、種をとり、繊維をほぐし、撚りをかけて糸にする過程が、苧麻から糸をとることに比べれば、かなり楽なようでもある。

 結局、日本の綿産業は明治期外来品に負けて衰退してしまうのだが、ほそぼそと残った「伊勢木綿」「松阪木綿」「三河木綿」とかが今ではとても高価なのに驚く。縞模様が洒落ているので欲しいと思ったことがあったが、気まぐれで買うには高すぎた。

 おあんさんと比べれば、溢れるように衣装を持ち、どう処分するか悩むなぞ罰当たりだから、今にみれば、買わないでよかった。

 YouTubeで「コウケンテツさんの料理教室」を見た。「ローストビーフ」の作り方がとても丁寧に説明されていたので、その通りに作ったら、うまくいった。前回はお肉があまり良くなかったので味はいまいち。今日は少し高い肉を奮発した。今から取り掛かるがどうだろうか。 

 

   

       つくつくし残り時間はあとわずか

 

 

もう、ヒガンバナ

ハゼラン

秋風

散歩ができるようになった。

夕方、本当に久しぶりに近くのドラックストアまで歩く。もうすっかり秋の気配。

ゆきあいの空で、高い所は秋の雲、低い所には夏の入道雲が共存している。

今日は「中秋の名月」とかや。家のありあわせの花でお月様をお迎えすることにしよう。

 

 

 

      秋風の掃いてゐる空ゆきあいの空