どんど焼き

『ドク・ホリディが暗誦するハムレット』 岡崎 武志著

 春陽堂書店のウェブで連載されている「オカタケな日々」はいつも愉しみに拝読している。この本はそれを纏めたもので、既読の部分もあるが応援の気持ちでTが買ってきた。オカタケさんのは、文章が上手いのはもちろんだが、気取らなさが一番で、好感がもてる。加えて横溢する好奇心が元気づけてもくれるのだ。

 この本も食あり、旅あり、音楽あり、映画あり、本ありと実に多彩。食といったところで「駅前の立ち食いそば屋」(この本にはなかったが)の食べ比べ、旅は格安切符の利用といったところで全く気取りがない。だが、Tにいわせれば「本当の実力者」なんだそうだ。

 「日々生きていくことは大変なこと」で、「何もしなければ海の底へ引きずり込まれてしまう。そこを何とか、ひと掻き腕を動かすことで浮上していく」この「『ひと掻きが』が好奇心」だとオカタケさんは書かれている。なるほど、なるほど、ガッテン、ガッテン。

 寒い日が続いて、感染が再々再々再々拡大して、海の底に引きずり込まれそうな毎日、何とか「ひと掻き」しなっくちゃあ。

 

 

 

 

       餅焼いて無病息災どんと焼き

 

 

 昨日は左義長。昔は当地では小正月の行事だったが、今は近い日曜日に変わった。護符やしめ飾りを燃やした燠で餅を焼いて食べると病気避けになるという。連れ合いが焼いてきてくれたのですこし固い餅を家族で齧る。いつも誰かと世間話をしてくるのだが、今日は話す相手がいなかったと早い帰宅。世代交代が進んでるのかしらん。

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蝋梅

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はだれ雪

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『句あれば楽あり』 小沢 昭一著

 多分読んだことがあるのだが、中身はすっかり忘れているから何度だっていいのです。過日読んでいた「東京やなぎ句会」の続きのようなもので、小沢さんの韜晦した洒脱な語り口が心地よい。

 ちっとも上達しないと一日一句を志ざすなんぞ、スゴイ、スゴイ。五百句作って残した一句がこれ。

 秋風やこの橋俺と同い年

  万太郎さんがお好きだったようで、いくつか引いてありますが、万太郎さんはいいですねえ。

 湯豆腐やいのちの果てのうすあかり

 獅子舞やあの山越えむ獅子の耳

  渥美清さんも句会のお仲間だったようで、いい句が紹介してあります。

 コスモスひょろりふたおやもういない

彼は自由律だったようですね。役柄とは違ってシャイで淋しい人だったような。

俳句は、腹の中を「ちょっとこぼす、におわせる」。 そうできるところがいいと筆者も言ってますが、まさにそのとおり。ぐだぐだ言えない想いをちょっとだけ。

 ところで、私ごとですが、まだまだ精進がたりません。多分永遠に駄句の山を築きます。

 

 

 

 

        逼塞のさらに逼塞寒きびし

 

 

着ぶくれ

『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』  伊藤 比呂美著

 読むいうより読まされた。散文詩というのだろうか。文章がつるつるつるとリズムよく流れ、ひとりでに頭に沁みてくる。古今東西、詩人に小説家、古事記にお経に梁塵秘抄、あらゆる声借りが一層流れをせきたてる。

 父母の病の苦、老いの苦、死の苦、夫の病の苦、老いの苦、子育ての苦、子供の苦、夫との諍いの苦、友人の病の苦、そして自分の病の苦。よくもまあ、つぎつぎと押し寄せる苦に立ち向かいながら、こうまであけっぴろげに語られると何とも滑稽で、時には笑えてしまう。そして、見方を変えれば、 所詮生きるということは滑稽なことかも知れないと思えるから不思議だ。

 かって現実の苦しさを訴えた筆者に、あの寂聴さんから「その苦を書いて書いてかきまくりなさい」旨のアドバイスを受けたと読んだことがあるが、「書いて書いて書きまくった」ことで「苦」のとげは抜けていったにちがいない。

 そしてそれを読んだ人間からも、間接的にとげはぬけていく。筆者の父母ではないが、老いて障害をもち、着ぶくれてよたよたと体操らしきことをしている自画像は、端から見れば滑稽きわまりないにちがいない。そう思って笑い飛ばせば、苦などなにほどのことであろうか。

 父母を送り、夫を送り、子育てをやりとげ今や自分の老いと死に向かわんとお経を訳す筆者。共感し、納得し、ますます目が離せないことである。

 そうそうこれは「紫式部賞」と「萩原朔太郎賞」を受賞している。

 

 

 

 

       老いたるは滑稽なもの着ぶくれて

 

 

 

 

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松過ぎ

『日常を愛する』 松田 道雄著

 松田さんの本を久しぶりで読んだ。文末まで意志がしっかり通い、簡潔できっぱりした物言いに、「ああこの口ぶりに何度も納得させられ、慰められた」と思い出した。『育児の百科』や『わたしは二歳』など、どれだけ開いたことか。すっかり擦り切れた本が、今も手元にある。

 この本は筆者の七十二歳から七十五歳前までの新聞連載コラムを纏めたもののようだが、歳を重ねても大変な勉強家であるのには驚く。いつも医学書で最新の知見を確かめられては自身の『育児の百科』の校訂をつづけられ、ライフワークのマルクス主義の研究などにも熱心だ。あまりにも「勉強、勉強」とおっしゃるので、お孫さんに「学校でお勉強ようできなかったんやろ」とからかわれておられる。

 権威や権力に対する松田さんの怒りはいつもながら筋の通ったもので、例えば、医者として同じ医者への眼差しは厳しかった。近頃は医療を受ける者への説明や承諾は、ごく普通になされるようになったが、当時は患者ぬきの医療が普通であったようだ。目的も意味も説明しない検査をし、病名も明らかにしなかったというから、その辺りは改良されたと言うべきだろうか。老人医療についてもまだ介護保険がなく、老人介護は病院の守備範囲で今とは全く事情が違っていたようだ。しかし「老人問題はやさしさの回復だ」という考え方は同じ思いで、そう願いたい。

 松田さんは表題にもあるとおり「日常」を守るということを何度も強調されている。「生きるか死ぬかの場になってはじめて日常の重さがわかる」「平和を守るのに、殉教者のような反戦活動家よりも、普通の主婦の日常の尊重に期待する」と書いておられる。弱者や女性の応援者だった松田さんらしい。全くシリアやアフガン、否コロナ禍の異常を思うにつけても「平凡な日常」ほど守るべきものはない。

 テレビの普及とその悪影響も憂いておられるが、今の子どもたちのゲーム漬けを知ったらどれほど嘆かれるであろうか。松田さんの時代より進歩したのか後退したのか、今の子育てに松田さんの『育児の百科』はどう応えるか。子育てはいまの時代のほうがよほど難しいような気がする。こういう時代に子どもなど産みたくないという若い人の気持ちもわからないではないのが、かなしいことだ。

 

 年が明けて、うかうかしていたらもう松過ぎ。今日は病院での定期検査日。ぼんやりしていて保険証を持たずにでかけ、会計の時になって慌てた。結局家の者に届けてもらって事なきを得たが、新年早々呆けたことである。

そう言えば年始の挨拶もしておりませぬ。

「謹んで新年のご挨拶を申しあげます。今年も拙ブログをよろしくお願いいたします。」

 

 

 

 

 

        松過ぎの病院受付長蛇かな

 

 

 

 

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虎落笛

『友あり駄句あり三十年』 東京やなぎ句会(編)

 面白くてためになり、いい本だった。個性的なメンバーの飄逸な話もさりながら、なかなか皆さんいい句を詠まれ、さすがだなあと感心しきり。東京やなぎ句会の存在は、小沢昭一さんや江國滋さんの本などで読んではいたが、この本には三十年の歴史が詰まっている。(1999年10月当時)ここで352回というから息の長い集まりだ。が、この句会も今年の10月でその長い歴史を閉じたという。10月に小三治さんがなくなり、もともとの会員が矢野さん一人になったからだそうだ。淋しいことだ。まあ、この本はみなさんがまだ元気なころの句会の話。それでもすでに三人の物故者がある。

 今日の新聞に今年「亡くなった方々」の一覧があった。あの人もこの人も今年であったかと感慨も新た。相応の年齢の方はともかく、神田沙也加さんのひときわ若い享年はいっそう痛ましいことだ。

 

 

 

 

        一段と早き行年虎落笛

 

 

 

 

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『まくら』 柳家 小三治

 小三治さんという落語家の偉大さをよく知らなかったのはつくづく残念。追悼番組で「初天神」を聞いて、全く魅了された。これも後、知ったのだが。「初天神」の「金坊」はお得意中のお得意だったらしい。「まくら」も名人芸だというので、せめてその一部でも偲ぼうとこの本を借りてきた。

 さて、この本だが語り口がそのまま活字になっていて、実に面白い。全部で十七ほどの小話が収録されているのだが、一押しは「駐車場物語」。師匠のバイク(オートバイ乗りが趣味)用に借りてある駐車場にホームレスの方が住み着いてしまうという話。四台のオートバイの間にダンボールやら布団やらを敷き詰めて、だんだん生活用具も入れ込んで居座っちゃう。「お世話になっておりまーす」て挨拶され、気のいい師匠は追い出そうにも追い出せなく、オートバイにも乗れない。いっそう俳句でも作らせて(師匠は俳句をやるんですね)売り出そうかなんて考えたり。

結末がどうなったかは興味のある方はご自分で読んでくださいませ。

他に「バリ句会」というのも、声をあげて笑ってしまった。この関係書で東京やなぎ句会関連の本も借りてきたので、これは次回に。

 今朝からとうとう雪になった。ニュースでは岐阜市で5センチというから、我が家もその程度かと思う。終日暖房に閉じこもり、朝のうちは今冬初めてのマーマレードを煮詰めた。実が若いので少し苦味があるが、まあまあである。

 

 

 

       郵便のバイクは来たり雪しんしん

 

 

 

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冬の鳶

三年がかりの透かし編みのベスト

 編み始めたのが2019年の1月。間に大きな手術やら入院やらですっかりその気もなくなって、やっと三年がかりで編み上がった。相変わらず出来は今一歩だが、私にしてはややこしい透かし模様をよく編み上げたと言うべきか。指の傷みもあるからもう編み物は卒業かなと思う。

 報道どおり厳しい寒さになった。昼のニュースでは近隣各県は雪のようだが、この辺り(平野部)はまだ大丈夫。雪雲の流れぐあいで、同じ平野部でも名古屋は今朝は雪だったようだ。

 

 

 

        水打てど空振りばかり冬の鳶

 

 

 

 

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