あめんぼう

『ふくらむ読書』 岡崎 武志著

 オカタケさんの応援団を自称するTから回ってきたもの。たいていはネットで既読したものだが、一冊にまとまると初読のような気持ちになる。いつもながら読ませる文章で、面白く拝読。

 最初の「第十 折々のうた」に反応したTが、ネットで『折々のうた』の古本全巻(総索引の一冊だけ欠く)を購入した。これがなかなか良くて、いまのところ「夏のうた」に限って拾い読みをしている。近頃、歌ごころも句ごころも枯渇しているので慈雨と言おうかカンフル剤と言おうか。

 池内紀さんの話もあった。この本『遊園地の木馬』は読んでいない。調べると県の図書館にはあるようだ。これはTに借りてきてもらわねばなるまい。池内さんも読ませる文章なのに、随分早く亡くなって、もう新しい著作に出会わないのだ。

 三好達治の詩集『測量船』から「燕」の紹介がある。読みたいと古い現代文学体系から「三好達治」を引っ張り出す。埃臭いのがこんな時に役立つ。

「私たちは毎日こんなに楽しく暮らしてゐるのに、私たちの過ちからでなく起こってくることが、なんでそんなに悲しいものか」

お父さん燕の言葉が心に残る。三好達治は俳句も良かったはずだが、纏めて書かれたものが手元になく残念。

 中里恒子の『歌枕』はウェブ連載中に読んで、すでに感想は書いた。

 この本で観る気になった二本の映画。ひとつはジム・ジャームッシュ『パターソン』2016年・アメリカ映画ともうひとつヴィム・ヴェンダース都会のアリス』1973年・ドイツ映画。どちらも大して感心しなかったのはこちらの感性の問題かしらん。

 さて、本を読んで大きくふくらます楽しみ、その姿勢が大いに参考にもなり、刺激にもなったことだ。

 

 

       本流のあること知らずあめんぼう

 

                     

 

 昨夜半からの雨が上がる。梅雨入りはまだ先だろうか。昨日今日と旧友からの電話やラインあり。みんな歳を重ねて少なからず不調あり。近い内に会って喋りたいという話。