冬に入る

『山田 稔 自選集Ⅲ』 山田 稔著

 Ⅲ巻は、パリでの思い出とスコットランド紀行、それに「自筆年譜」を加えたものである。作品は、いずれも既読であったが面白かった。いつもながら文体が読みやすく、味わい深い。スコットランド紀行もいいが、中でも「シモーヌさん」はしみじみとしたいい話であった。

 シモーヌさんというのはフランスの小さなな町(セリエ)のシャルル=ルイ・フィリップ記念館の管理係である。筆者はフィリップの翻訳者としてその記念館を訪問して、彼女と出会った。たじろぐほどの情熱でフィリップを語った彼女は、彼の評伝を書くほどの人物だった。そして筆者と彼女は遥かな空間を隔てて、親愛の気持ちを手紙で交流しあうのだが、再会を請われて渡仏した時、病に倒れたシモーヌさんは、すでにあのいきいきした彼女ではなかった。

 シモーヌさんの死を知らされて、筆者は彼女の生涯について何も知らなかったことに気づく。彼女は個人的なことは語らなかった。だが、遥かに離れた異国人同士が、一人の文学者を通じて魂の触れ合う刹那を共有したのだ。

 山田さん訳のフィリップ作品が図書館にあるようなので読んでみようかと思う。

さて、「自筆年譜」だが何ページにもわたりかなり詳細だ。親しかった物故者の没年記録も延々と続く。最終記録日は昨年の五月四日だがそこにある言葉。

「コロナ禍のせいもあって二月以降ひとりも友人に会っていない。だが考えてみると、古くからの親友はほとんどみな、もういなくなっている。長生きするとはこういうことか。」

 

 

 

 

        ひと雨の後ひといきに冬に入る

 

 

 

 

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雨で散り敷いた二回目の金木犀

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モチノキ