露の世

『家(チベ)の歴史を書く』  朴 沙羅著

 この人の本は二冊目である。オーラルヒストリーの形式をとった彼女の一族(祖父母から父の兄弟)の話だ。彼女は在日二世の父と日本人の母との間の子どもだが、父の兄弟や祖父母はどんな経緯で日本に住むことになったのか、彼女の関心はここから始まった。

 在日朝鮮人在日韓国人という人たちが、特定のコロニーを作るほど多いことは知ってはいるが、どうしてそんなに多いのか。漠然と思っていたのは日本が植民地支配をして強制連行をしてきたからで、この国の負の歴史を背負わされた人たちの末裔だと思っていた。

 ところがそれだけではなかった。きちんとした歴史は勉強しなけれがわからないが、少なくともここの書かれた朴さん一族は自分の意志で来日したのだ。密航という手段で日本に逃げて来たといってもいいかもしれない。正確にいえば、戦中には自分の意志で来日し、戦後は済州島の騒乱からの避難である。

 戦後の朴さん一家の密航のきっかけは、済州島に吹き荒れた4・3事件だ。お隣の国でも隣国歴史には疎いもので、そういうものがあったということしか知らなかったが、知れば知るほど酷いものであったと思うばかりだ。朴さん一家も生きるか死ぬか、いや殺されるかいなかの瀬戸際に追いやられて日本に脱出してきた。最初は祖父母と年長の男子だけ、幼い女子は後で呼び寄せたらしい。

 それから苦難してこの国での暮らしを築かれたわけだが、伯父さんと伯母さんでは語られる記憶に大きな違いがある。伯父さんたちは4・3事件の記憶から逃れられないが、伯母さんたちの語りにはそれがでてこない。それがなぜなのか筆者もいろいろ要因を考えてみるが、はっきり断定できない。まあ記憶というものは、「保存されるものというより想起されたものである」と、筆者は書いている。想い起す当事者によって違ってきて当然かもしれぬ。

 いずれにしても大変興味深い一家の歴史であった。済州島での一連の出来事についても、在日コリアンの歴史についてももう少し知りたいと思ったことだ。

 

 朴さん一家と比べたら、変哲もないわが家の歴史だが、激動の昭和史を読むにつけても、父母はどう生きたか、聞いておけばよかったと思ったことだ。「おじいさんは無口だったから、なんにも聞けなかったさ」とTは言ったが、父母にしろ姉にしろ伯父や伯母、聞きたい人はもう誰もいない。

 

 

      露の世や問ひたき人ら疾ふに亡き