紅梅

『語っておきたい古代史』 森 浩一著

 読書に気が乗らないということがあり、季節外れで始めた編み物に夢中になったりしている。編み物も根を詰めると倦みてくるから、養老先生ではないが。身体を動かすことが一番と(養老さんは煮詰まったときは身体を使うがよいと)草取りに精を出す。ところが、この季節である。酷い花粉症でどうしようもなく、また逼塞する次第。

 こんなときには好きな「古代史」関連をと、古い既読本を出してくる。講演を書籍化したものでわかりやすいが、二十年も前の刊行本である。最近の知見からみるとどうであろうか。森さんや佐原さんのように、わかりやすく解説される最近の考古学者を知らないので、なんとも言えない。

 今回読んで、おやっと思ったのは、『魏志倭人伝』の「蚕のために桑をうえ、あつめ績ぐ」という点に係る考えだ。当時(弥生時代)の人びとが養蚕をしていたという事実は、布目さんという研究者により実証され、当時の絹織物も発掘されている。そして、その弥生時代の絹織物が出ているのは、九州だけ、奈良では出てないという。ここから森さんは倭人伝の世界は九州だとおっしゃりたいのだが、もちろん反論もある。

 『魏志倭人伝の考古学』で佐原真さんは、「九州では遺体はかめ棺の中にあって、土と直接触れないからこそ人骨が残り織物ものこる」と批判的だ。

 いずれにしても弥生時代にすでに養蚕の技術はあり、魏に貢物にするほどよい製品を作っていたらしい。吉野ケ里から出た絹は貝紫や茜で染めた、上等な透かし目平絹(模様が透けてみえる)だったということだ。

 

 

 

        紅梅やぽんぽんぽんと花盛り

 

 

 暖かくなりわが家の花暦もいっきに始まった。今年は紅梅がいちだんと見事。連れ合いが剪定を工夫した結果である。道ゆく人にも声をかけられると、自慢気である。これは娘の記念樹でもある。