花うばら

『じい散歩』 藤野 千夜著

 「老い」というのは、当たり前ながら誰にとっても不安な初体験。同年輩の老いざまやら、先輩諸氏の老い方とつい比べてみたり、参考にしてみたくもなるものだ。この話だって、斎藤美奈子殿が「人生の最晩年を明るく生きるシニア小説」(ちくまweb)などと紹介していなければ、読まなかったに違いない。

 明石新平は89歳、妻の英子88歳。ちょっと信じられないほど高齢でも元気な夫婦だ。新平は散歩が日課だが、こちとらの田舎散歩と違い、著名な建物を見たり、お茶を飲んだりとなかなか刺激的だ。一方妻は散歩はしないで、毎日出かける夫の浮気を疑っている。ええっ、89歳ですよと思うのだが、英子には少し認知症の気があるらしい。問題は家族だ。長男は引きこもり、フラワーアーチストで自称長女の次男はトランスジェンダー、三男はグラビアアイドルの撮影会を主催する会社をやっているが、赤字つづきでいつも親の金をあてにしている。中年になっているのに、全員独身。新平が「墓は誰が面倒を見てくれる」と言っても、誰も手を挙げない始末だ。

 これだけあげれば、先行き暗いとなってもおかしくないのだが、とにかく新平は明るいし、元気だ。89歳でこの元気と明るさはちょっと信じられない気がしないでもないが、今朝の新聞「ひと」欄には89歳のサーファーが紹介されていた。つまるところ、老いはいろいろ。何があっても前向きな明るさが一番、まあそんなところでしょうか。

 

 

 

      鯉どちの恋のあらそひ花うばら

 

 

 今日の散歩でメスをめぐって激しくもみ合う鯉の群れをいくつも見た。

野茨