『アースダイバー 神社編』 中沢 新一著
Tが面白かったというので廻してもらう。中沢さんの「アースダイバー」を読むのはこれが初めてである。
壮大な実証的な仮説とでも言おうか、日本人の精神的基盤に深く潜った内容で、実に面白かった。それは、「神社」に残る伝承や祭り(祀り)に、この国に住み始めた人々の精神の拠り所を探ろうとする試みで、こうして体系付けられると納得することが多かった。
卑近な例にはなるが、この辺りの山の名(舟伏山・権現山)にも、山を崇めた海洋民系倭人の面影を見ることができるかもしれない。以前に書いたこともあるが、この本を読んで、雌雄の神輿が組んず解れつ絡むこの辺りの神事は、まさにエロチックな豊穣を招く行為だと確信した。
この辺りの神事も何年かの中断があって、今は形ばかりの復活となったが、ここで紹介されたいくつかは、既に途絶えてしまったのはとても残念なことである。
「いくら表層の合理化を進めても、心の深層まで改造してしまうことはできない。・・・見失われた地層が遠く離れた地点に露頭してくるように、いったん地面に埋められた古層の自然地形が、遠く時間を隔てた未来にふたたびその姿をあらわす可能性を、誰も否定することはできない。」
中沢さんの結びの言葉の一節である。
よそごとの祝祭すみて夏終る
よそ事と言っても全く楽しまなかったわけではない。連れ合いに付き合って毎夜テレビ観戦はした。特に団体競技などはどうしても熱くなった。今に思うのだが、開会式などにも「だんじり」などの弥生的神事を出せば日本的でよかったのに。