虫の声

『スウェーデイッシュ・ブーツ』 ヘニング・マンケル著 柳沢由美子訳

 刑事ヴァランダー・シリーズの著者による最後の作品である。以前読んだ『イタリアン・シューズ』の続編でもある。筆者は前作の七年後を想定してほしいと言っている。500ページ近い大部であるが、少しミステリー的要素も入ったエンタメ小説であり、一気に読めた。

 主人公は70歳になる元医師のフレドリック。スウェーデンバルト海の小島で一人暮らしをしている。前作では彼が医師を捨てた理由、癌を患った昔の恋人が訪ねてきて島で亡くなること、二人の間に娘がいたことなどが書かれていた。

 今回はいきなり彼の住まいの火事から始まった。就寝中のことで、命は助かったものの彼はすべてを失った。すでに死が近い老人である彼は、惨事からどう立ち直るか逡巡する。火事の報を聞いて訪ねてきた娘はかなり先鋭的で、なかなか気持ちが通わない。むしろ火事の記事を書こうという若い女性の新聞記者に惹かれたりする。

 この話がミステリーじみているというのは、放火と思われる火事が続くことである。一時は彼自身も疑われたが、犯人は一体誰か。ここで気付かされたのは、スウェーデンにも南からの貧しい移民に冷たい眼差しがあるということだ。

 犯人を明らかにすることはできないが、もちろん移民ではなかった。癌を患い、この作品の発表後、直に亡くなったらしい筆者は、作品中にもさまざまな老いと死を書き入れている。しかし終章はハッピーエンド。彼の命を継ぐ新しい命が娘に出来た。新しい家を再建して、娘とその夫、(彼はアルジェリアからの移民)そして孫娘、娘の夫の弟である障害をもつ少年を受け入れようと決意したのだ。

 題名の「スウェーディッシュ・ブーツ」とはスウェーデン製のありふれた長靴らしい。長い冬に欠かせない長靴だが、火事で失い物語の終章でやっと手に入った。ありふれた幸せのシンボルのように。

 

 相変わらず暑いが朝や夜は多少秋めいてきた。昨日から夏休みも残り少なくなった孫の勉強訪問。休み明けからいきなりテストと模試らしい。老人二人は毎日草取りと昼寝の日課。よたよたしているが案外健康である。

 

 

        雨あがる夜風にしげき虫の声

 

 

紫苑