春深し

風土記博物誌』 三浦 佑之著

 現存する『風土記』はすべて写本。不完全なものを入れて五カ国と、後世の書物に引用された逸文が少し。されど「八世紀以前の日本列島のあちこちのすがたを窺い知ることのできる文学記録」であると、三浦さん。

 その『風土記』をいくつかの視点で丁寧に読み解いてみようとされたのが、この本だ。

 まず興味深いのは「なゐふる」(地震)の話。豊後国風土記には、天武天皇の時代に「大きな地震があり、山や丘は裂け崩れた。」温泉が噴き出し、神秘的な間歇泉の湧出もあったという。

 どうも天武帝の時代は、地震の大活動期だったらしく、『日本書紀』には頻繁な地震の記述があり、今憂うる「南海トラフ地震」の最古の記録らしき記事もみられる。

 地震といえば、火山と温泉だが、現存風土記に記載されている火山は、多くない。それは火山帯の地域と風土記の地域が一致しないゆえだが、温泉については古くから利用されてたようだ。薬効あり、楽しみあり、「老若男女がこぞって集まり、交じりあって宴」をしたなど、この国の人の温泉利用は今に変らず。

 生き物についての記述も面白い。野生動物で圧倒的に多いのは鹿と猪。皮も肉の角も含めて利用価値の高かったのは鹿で、「猪飼野」といって猪の家畜飼育もすでに行われていた。

 以前にも触れたことがあるが、出雲風土記に「狸」が挙げられていないのはなぜだろう。くま・きつね・うさぎ・むささび・おおかみ・さるなどは挙げてあるのに、たぬきはいない。

 海の幸は、あふれていて取り放題。大半の魚の呼び名は今に変らず。出雲風土記では、今も有名な宍道湖のスズキ、十六島(うっぷるい)の岩のりは、昔もやはりブランドだ。

 肥前風土記出雲風土記には、シビ(大マグロ)の突き取り法を得意とする海人族の存在も書かれている。「騎射を好み、言語は俗人に異なり、容貌は隼人に似る」という。

 さて、神様や天皇の話はともかくとして、丹後風土記逸文にある「浦島子」の話。いわゆる浦島太郎の話である。少し違うのは、亀が乙姫さま自身で、亀の姫との婚姻譚である。おそらく丹後国司であった伊預部馬養(いよべのうまかい)の創作ではないかというのだが。浦島太郎の元は、ここにあったのだ。

 風土記元明帝の時代に国家の要請でつくられた地誌だが、残存するものがすくないのは、残念。住む土地の記録があればなあと思う。それにしても1000年以上変らなかったこの国の姿が、今や急速に失われつつある。古い伝承に従って守られてきたまじないやら神事が、忘れ、捨てられていく。

 

 

       咲いて散り咲いては萎み春深し

 

 

 

オオデマリ

 

 Tのブログ仲間のゆたさんをお招きする。あいにくの雨の日もあったが楽しんでくださったようでなによりでした。