たんぽぽ

 ニホンタンポポの「ぽぽのあたりが火事」で、苗を植え付けて増やす園児たちの活動をテレビで紹介していた。つまりセイヨウタンポポに押されてニホンタンポポは今や絶滅危惧種だというのだ。たんぽぽのある風景なんて当たり前だと思っていたら大間違いだということがわかってウオーキングをしながら我が家辺の様子を調べる。

 その結果我が家周辺では田んぼのあぜ道に咲くのはすべてニホンタンポポであったが住宅の石垣などにしぶとく咲いているのはセイヨウタンポポであった。この違いは繁殖方法の違いにあるらしく「他家受粉」のニホンタンポポは蜂などを呼びやすい春の野に咲き、受粉せずクローンで増えていくセイヨウタンポポは一年中発芽する特性を活かしてとんでもないところで増えているようだ。種も大きさが違いニホンタンポポは種は大きいが少なく、セイヨウタンポポは種が小さく数が多いということだ。だからどんどん飛んでいってあちことに根付くのはセイヨウタンポポということになる。多分、花を咲かせていないがうちの庭で芽生えているのはセイヨウタンポポにちがいない。

ふたつの違いは萼でわかるので写真を撮ってきた。総ほう片の開いているのがセイヨウタンポポ。閉じているのがニホンタンポポである。

 

 

 

  たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ   坪内 稔典

 

 

 

 

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セイヨウタンポポ

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ニホンタンポポ

囀り

縄文時代の歴史』 山田 康弘著

 縄文人はジャパンオリジナルであると言う。この国の先住民であったことは間違いない。1万4000年ほど長きに渡りユニークな表現物を残した彼らは、一体どうなったか。

 縄文人は決して絶滅してしまったわけではなかった。弥生時代の人々をはじめ、後世の人々の中に吸収されていったというのが実情としては一番正しいだろう。

 DNA分析でも、私たち現代日本人の遺伝子の中には縄文人から伝わったものが(本土日本人の核DNAで12%ほど)存在していることがわかっている。・・・死生観などの思想についても私たちに受け継がれている部分があることもわかっている。

 

 小学4年生の時の担任の先生が考古学に関心の深い先生で、よく子どもたちを「鏃探し」に誘ってくれた。今のように機械で深起こしをする以前だったせいか、畑で土器の破片や石鏃が見つかることもあって子ども心に夢中になった。男の子の中には毎日毎日畑まわりをしていくつか探し出し、随分誇らしげだった子もいたのを思い出す。

 この辺りは縄文人が走り回った山野にちがいない。縄文人は遥かな私たちの祖先なのだ。犬を可愛がり漆を活用する。ほぞ穴をうがって家を建てる。海水を煮立て塩を作る。これらは今でも繋がっている彼らの文化ではないか。

 この本には土偶火焔土器などについては詳しくふれていない。縄文全期にわたって気候と人口の変化、居住形態や食べ物、交易の発達と交易品、埋葬方法と祭祀、集落と社会構造などを解説している。わかりやすいが学術的でもある。土器の使用で始まり稲作で終わったあの時代をじっくりと振り返る一冊であった。

 

 

 

 

          囀りや原生林に陽を入れて

 

 

 

 

縄文時代の歴史 (講談社現代新書)

縄文時代の歴史 (講談社現代新書)

 

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青き踏む

ネクタイのリメーク

 勤めを辞めてからこの方出番の少なくなったネクタイ。シルクで小洒落た模様のものは何かに出来ないかと思案して小袋やブックカバーにしたりしたが、一番良かったのは「アスコットタイ風のネックウオーマー」である。H殿は冬でもワイシャツ襟なので首筋が寒いと言ってこのネクタイリメイクのタイをしめる。二本のネクタイで一本を作るので二枚を接ぎ合わせる。この接ぎ合わせ方で襟元に違う色合いが合わさってなかなか面白いと自己満足をしている。もう冬も終わりだが寒がりやさんにはまだ入用かと久しぶりにひとつ縫った。

 

 

 

 

          産土をちょっと拝んで青き踏む

 

 

 

 

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紅梅

 東日本大震災からはや八年である。久しぶりにグーグルマップのストリートビューを使って昔訪ねた小泉海岸辺りを見てみた。道路は綺麗になっているようで何か高架の橋桁のようなものも写ったが、海側は広く水がついた状態は変わっていなかった。決して忘れてはいないが何かができるというわけでもないし、相変わらず国は原発を止めるとは言わない。重い無力感のようなものを抱きながら震災関係のニュースや番組を見る。

 

 午前中お天気が悪かったので閉じこもって今冬三回目となるマーマレードを作る。これはしっかりと密封して夏頃まで保存出来ればいいと思うのだが。

 

 二十年ぶりぐらいに遠方に住む昔の同僚から電話があった。年賀状で私の罹病を知り心配をして掛けてくれたのだ。「黒にんにく」がとてもいいからよかったらと勧めてくれた。彼女も医師の彼女のご主人も同僚の医師も食べていて病気を忘れるほど元気になられたということだ。作り方も懇切丁寧に説明してくれて懐かしい電話は切れた。

 

 紅梅が咲き出して紅梅の句を詠もうと先人の句を検索していたら面白い句に出会ったので載せようと思う。一体どういう状況かちょっと想像出来ないが、洗濯ばさみで留めてあったりしたら面白いな。

 

 

 

    紅梅に干しておるなり洗ひ猫     一茶

 

 

 

 

 

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春の風

『万葉の人びと』 犬養 孝著

 昔、姉に誘われて「飛鳥古京を守る会」というグループに参加していたことがある。その会を創られた有志のひとりが犬養先生で、年に二回ほど「万葉旅行」というものがあった。仕事の都合などで二・三回しか参加していないが万葉集ゆかりの土地と考古学的な史跡の土地を訪ねる旅であった。その頃すでに先生は相当のご高齢で車椅子での参加であったが、いつも張りのある声で朗々唱詠されるのが印象に残っている。いわゆる「犬養節」という詠い方である。

 この本もテレビ講座を文字に起こしたもので、あの「犬養節」を彷彿とさせる。万葉集全体を四期に分け、それぞれの時期の時代状況と代表的歌人の歌の特色などに触れられている。もともとが語り言葉なのでとても読みやすくわかりやすい。全部で百首ほどが紹介されているが代表的な歌であるから耳に懐かしく暗誦した若い日を思い出す。

 あかねさす 紫野行き 標野行き

 野守は見ずや 君が袖振る

 

 むらさきの にほえる妹を 憎くあらば

 人妻ゆゑに われ恋ひめやも

有名な額田王大海人皇子の歌である。これは座興の歌だと教えられて随分がっかりした覚えがあるのだが、犬養先生はそうした見方に否定的であるのは嬉しい。

ところで、『万葉集』最後の歌というのを今回初めて知った。大伴家持の歌である。

 新しき 年の始の 初春の

 今日降る雪の いや重け(しけ)吉事(よごと)

政争に巻き込まれてこの歌を最後に筆を絶ってしまった大伴家持。どのような心情であったかと思う。

今更ながらもう少し『万葉集』を読んでみたいと古い岩波文庫を出してきた。

 

 

 

 

         青鷺の胸毛揺るがす春の風

 

 

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 白い椿も咲き始めました。

 

遅き日

 帯状疱疹後遺症とリリカカプセル

 相変わらず帯状疱疹の後遺症であるかゆみに悩まされている。同じ神経症でも痛みでないだけましかもしれないが、かゆいのも結構つらい。今は花粉症の目のかゆみもありさんざんである。

一ヶ月ぶりの診察だった今日、症状に変化がないから薬の量を増やしてほしいと頼んだ。今まではこの神経症に効くと言われるリリカカプセル(25mg)を一日3カプセル飲んでいた。先月の受診で「効果が感じられなかったらもうひとカプセル増やしますか」と言われたので、増量を頼んだわけだ。ところが今日は「副作用が強いですからうちの患者さんでは飲み続けられた人はいません」と言われる。「まあ、挑戦されるのもいいでしょう」と結局一日4カプセル(100mg)となる。ネットで調べるとそのくらいは普通のようだがわからない。副作用らしきものが感じられたら直ぐに止めることになっている。

 

 新聞に「識者120人がえらんだ平成の30冊」という特集が載って、数えたら私の読んだのは6冊しかなかった。だいだい2冊も入っている村上春樹を1冊しか読んでいない。この中に入っていた辺見庸『もの食う人びと』がTの本棚にあったので出してくるが、重苦しさにうんざり、ついでに引き出してきた犬養さんの『万葉の人びと』にする。おなじ「人びと」でも随分違う。もちろんこれは「平成の30冊」ではない。

 平成はいつからだったか、改めて考えてしまった。まだ若かったなあと。

 

 

 

 

   遅き日のつもりて遠きむかしかな     蕪村

 

 

 

 

 

鳥の恋

 久しぶりにスーパーの棚に花豆を見つけて買う。今回は紫花豆ではなくて白い花豆である。同じ花豆か心配で調べる。

 花豆は大きな花を咲かせるから花豆らしい。写真が出ていたが紫花豆は綺麗なオレンジ色の花で白花豆は当然ながら白い花だ。色が違っても花豆には変わりはないようなので、前にふきのとうさんに教えていただいた方法で煮る。白い豆なので隠し味には薄口醤油を使ったが美味しく出来て満足。

 豆を煮ながら汚れてきた「鍋つかみ」を更新しようと思い立つ。プリントの残り切れにキルト芯と裏布を合わせて縫い上げる。同じようにキルトをしたはずなのに左右違ったのは迂闊者の私らしい。

 夫の野良仕事にいつもくっついている鵙くん。信じられないほどいい声で囀っていると思ったら今朝はお相手と一緒だった。うまくいったのかな。

 

 

 

 

       求婚の歌ひたすらに鳥の恋

 

 

 

 

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