春の風

『万葉の人びと』 犬養 孝著

 昔、姉に誘われて「飛鳥古京を守る会」というグループに参加していたことがある。その会を創られた有志のひとりが犬養先生で、年に二回ほど「万葉旅行」というものがあった。仕事の都合などで二・三回しか参加していないが万葉集ゆかりの土地と考古学的な史跡の土地を訪ねる旅であった。その頃すでに先生は相当のご高齢で車椅子での参加であったが、いつも張りのある声で朗々唱詠されるのが印象に残っている。いわゆる「犬養節」という詠い方である。

 この本もテレビ講座を文字に起こしたもので、あの「犬養節」を彷彿とさせる。万葉集全体を四期に分け、それぞれの時期の時代状況と代表的歌人の歌の特色などに触れられている。もともとが語り言葉なのでとても読みやすくわかりやすい。全部で百首ほどが紹介されているが代表的な歌であるから耳に懐かしく暗誦した若い日を思い出す。

 あかねさす 紫野行き 標野行き

 野守は見ずや 君が袖振る

 

 むらさきの にほえる妹を 憎くあらば

 人妻ゆゑに われ恋ひめやも

有名な額田王大海人皇子の歌である。これは座興の歌だと教えられて随分がっかりした覚えがあるのだが、犬養先生はそうした見方に否定的であるのは嬉しい。

ところで、『万葉集』最後の歌というのを今回初めて知った。大伴家持の歌である。

 新しき 年の始の 初春の

 今日降る雪の いや重け(しけ)吉事(よごと)

政争に巻き込まれてこの歌を最後に筆を絶ってしまった大伴家持。どのような心情であったかと思う。

今更ながらもう少し『万葉集』を読んでみたいと古い岩波文庫を出してきた。

 

 

 

 

         青鷺の胸毛揺るがす春の風

 

 

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 白い椿も咲き始めました。