『ある補充兵の戦い』 大岡 昇平著
重く辛い読後感である。
大岡昇平、補充兵として戦地に送られ、奇跡的に生還するまでを記録した短編集である。いくつかの戦記ものを時系列に並べたもので、一番最初に書かれたのは、『捉まるまで』。マラリアで衰弱し、敵兵を撃たんと逡巡し、自死を試み、そして「捉まるまで」、この作品がもっとも衝撃的な一編である。
ことに圧巻は、衰弱して倒れ、今にも死なんとする彼の面前に敵兵が現れた件である。叢を透してしっかりと視野に入ってきた若い米兵、「殺されるまえに殺す」とそう思っていた彼だが、引き金を引くのを逡巡した。その間に別の銃声で踵を返していった相手に、「さて俺はこれでどっかのアメリカの母親に感謝されていいわけだ」と呟いた。
大岡はなぜ引き金を引かなかったのか。詳細に分析されている著者自身の気持ちを、二度三度と読んだ。人は人個人として無辜の相手を殺す気持ちになれないということもよくわかった。ましてや殺されるかもしれない自分は、今や遅かれ早かれ死ぬ間際なのである。だが、最終的に彼をためらわせたものは、かれの父性であった。紅顔の米兵に、彼は父親としての自分の想いを取り戻した。もちろんそれは後付であり。すべては一瞬のことだったのだが。
補充兵として碌な装備も与えられずに、戦地に送られた兵士達。戦闘らしい戦闘で命を落とすのでなく、多くはマラリアによる衰弱死であった。実にいい加減な命の使い捨てであった。著者は奇跡的に帰国するのであるが、ここにも書かれているが、ほとんどの兵士はかなわなかったのだ。
明日で戦後78年、「平和」が色あせてきたのが気がかりだ。いつの間にか専守防衛も武器輸出三原則もなし崩し。台湾と一緒に戦う気があるとほざく輩もでてきた。
敗戦日 多くの戦死者に合掌。
わたくしも平和も老いたり敗戦忌
台風を避けて一日早く盆の集いも終了。どうにか今年もやり遂げた。