若葉雨

芭蕉の風景 上』 小澤 實著

 上巻の残りを読む。紀行文『笈の小文』の部分である。芭蕉四十四歳、伊賀上野から伊勢に参り、吉野、和歌浦、奈良、明石須磨と巡る旅。米取引で罪を得て逼塞中の杜国を誘っての旅でもある。

 折々の俳句が先人たちの古歌を踏まえているのに驚く。そういう教養の乏しい身はいつも底の浅い解釈で読んできた。

 芭蕉の句の中で一番気に入っている句がこの部分に出てくる。

「蛸壺やはかなき夢を夏の月」

 明石の浦での句である。「砂地に沈められている蛸壺に身を入れて、ゆうゆうと眠る蛸。その肌にあわあわと差している月の光を幻視しているのである。」と小澤さん。明日をも知れぬ命を知らず月の光を受けて眠る蛸が美しく哀しい。まさに芭蕉の幻視の力に脱帽である。

明石は芭蕉が踏破した最西の地だということだが、『笈の小文』はここで終わる。が、旅はまだ続き、京で杜国と別れた芭蕉は近江、美濃へと足を伸ばす。

 上巻には美濃から信州へ、更科の月を愛でる旅『更科紀行』も入る。歌枕の地である更科を訪ねる旅は、この後の『おくのほそ道』への小手調べといったところがあったのではないかと小澤さん。

 

 

 

 

          下草を揺らすしずくや若葉雨