秋の蝶

『キツネ目』 グルコ森永事件全真相 岩瀬 達哉著

 この事件は覚えている。マスコミを巻き込んだ劇場型の事件で、新聞で逐一報道された覚えがある。

 本によれば始まりは1984年3月のことで、犯人が犯行終結宣言を出したのは翌年の8月11日、年表を見るとあの「日航ジャンボ機墜落」の前日である。この間届いた脅迫状や挑戦状は149通、驚くほどの数である。「かい人21面相」を名乗り、旧仮名遣いの関西弁、平仮名の多い文面で、時には脅迫し、時には愚弄し、「芝居がかったセリフを好み、戯れ歌まで詠んでみせた」。結局犯人は逮捕されず、事件は2000年2月に完全時効を迎えたとある。

 当時「キツネ目」の男のモンタージュと監視カメラが捉えたハンチングの男の写真は新聞で公開された覚えがあるが、それでも犯人は割り出せなかった。唯一滋賀の草津で捕らえられそうになったが、瞬時の差で逃げ切った。

 この滋賀での事件は当時の県警本部長の自殺という痛ましい結果を引き起こし、この死が一連の事件の唯一犠牲者となり、さすがにこれをきっかけに犯人側も犯行終結をだした。もっともそれまでに世間や警察の知らないところで相当の裏取引があり、莫大な金を手にはしたらしい。初期には金の受け取りに苦労したのが、仮名口座(今は出来ない)を使って裏取引をすれば何も公に脅迫することもないと思ったようだ。

 筆者によれば大金を手にした犯人は、恐らく今は七十代であり一市民として市井に生きているに違いないとされているが、当方の考えとしてはもう少し高齢のような気がする。現代仮名遣いで戦後教育を受けた我々は、間違いなく旧仮名遣いで作文することは難しい。作句で旧仮名遣いを遣う身にしてからである。

 間違いなく「かい人21面相」は犯罪者であるが、昨今の「オレオレ詐欺」は、相手が大企業でなく老人という弱者だけに、余計にたちが悪いのではないだろうか。綿密な取材で上梓まで十年を要したというこの本、文句なく面白かった。

 「コロナはどうなるかなあ」「アフガンはどうなるやろう」「地球はどうなっちゃったかしらん」と毎朝新聞を読みながらぐちゃぐちゃ言っている私に、夫は「お前はどうにもできんことばっかり心配しとるなあ」と笑いました。まったくそのとおりなのですが・・・。

 

 

 

 

         つかの間の雨間に迷ふ秋の蝶