数え日

 「非常時のことば」 高橋 源一郎著
 数え日になってものんびりと陽だまりで本をよんでいるなどというのは、去年までには考えもしなかったこと。若い頃は休みになってからあれもこれもと奮闘。疲れてよく夫と衝突をしたものだ。
 さて、この本の「非常時」とは2011年3月11日の震災時のこと。「『あのこと』があって自分の周りの世界がすっかり違ってしまった。『あの日』の前のように、はしゃぐことができない・・『あの日』から読めなくなった文章がある、」「あの日」を転換点に変わらざるを得なかった自分の内面を見据えた一冊。第二章で紹介された川上弘美さんの短編がすごい。発表されてすぐに評判になっていたらしいが、知らなかった。簡単に触れると川上さんが自分の旧作「神様」を「あのこと」の後「神様2011」にリメイクしたのだ。雑誌には新旧二編が並べて掲載されたらしいが、この本では源一郎さんが同時進行的に引用している。それで余計に「あのこと」で失ってしまったもの、変わってしまった世界が悲しいほど実感させられる。
「あのこと」の後で、だれもが湯水のようにエネルギーを使い際限なく欲望を満たしてきた傲慢さを反省したはずなのに、今やそんな声も小さくなってしまった。源一郎さんは言う。大きい声で上を向いて発せられることばは読めないが足元を見つめて呟くように語られる言葉は読むことが出来ると。




    数え日や濡れた手のまま出る電話