秋光

芭蕉庵桃青」 中山義秀

 なかなか読み応えのある一冊だった。時に翁の行脚に付き合い時に翁の孤愁に寄り添い、一句一句を読み継ぎようやく読み終わった次第。裏表紙に「義秀文学畢生の力作」と紹介されていたが織り込まれた発句や連句の数多さからも、芭蕉の風姿、蕉門俳句の全体像が立ち上がってくる。それにしても、筆者の病死で未完となったのは残念。あとがきによれば後二回のことであったらしい。しかし、世俗の幸を求めず清貧に身を晒しひたすら風雅の道をもとめて生きた芭蕉の姿はしっかりと伝わった。以前読んだ嵐山さんの翁像とは違って一切の俗姿を排した翁像である。

 この本で今まで読み慣れてきた秀句がどんな状況で詠まれたかがよくわかったが、一つの秀句をものにするにはかなりの推敲があり、時には虚構も混じえての創作があったこともわかった。俳聖にしてこれだけの苦心努力である。読み捨てて憚らない当方とは比較にならない。「冬の日」から「猿蓑」まで連句の一部ももちろん取り上げられているが、連句の風趣はどうもわからない。筆者も「一読したばかりでは前後の脈絡がつかめず、その醍醐味にふれることができない。」と書いているが、当方のような浅薄な知識ではしょせん無理なことなのだろう。

 子規は芭蕉をあまり評価しなかったと聞くが芭蕉はやはり「俳聖」にちがいない。

 

 

 

 

     秋光や喪服の人と同船し

 

 

 

 

芭蕉庵桃青 (中公文庫)

芭蕉庵桃青 (中公文庫)

敬老の日

 今日は「敬老の日」とかや。トシヨリの一人として敬われてもねぇという思い。歳相応に立派な方もおられるのだろうが、こちらは馬齢を重ねたというだけで敬われるような価値はない。何かに池内紀さんが「歳をとり、経験を重ねると利口になると思っていたが、・・・用心深くなることぐらい・・」と書いておられたが、あの池内さんでもである。形状的には確かに老いたが中身は若い頃と大して変わらない。敬う方もそんなことはわかっていているに違いない。それなのに「敬え」とは押し付けがましい。「国家が音頭をとって『尊敬』などと言い出し、ロクなことがあったためしがない」と清水哲夫さん。(「増殖する歳時記」から)だからへそ曲がりは「敬老の集い」なるものも敬遠してきたのだが、今年は案内がなかった。どうも対象が増えすぎて75歳以上に変わったらしい。結構なことである。いっそう90歳ぐらいを対象にすれば、稀少価値として敬われるだけのことはあるかもしれない。報道によれば今や100歳以上もとんでもない数になったようで、百歳記念に銀盃を贈ってきた政府も銀メッキに変えたという。まさにメッキの剥げた「敬老精神」だが、役にもたたないものを送って「敬老心」事足れりとするところがいかにも形ばかりだ。

 さて、70歳を超えて一番よかったのは医療費が二割負担になったこと。若い頃はほとんど健康保険を使うことはなかったが、さすがに最近はあちこちがちょこちょっこと壊れて医者通いも。医療費も増加の一途らしいがこういうことにこそ英知は働かせていただきたいものである。

 

 今日9月18日は「満州事変」の勃発日ということで、H殿のボランティア先の寺では追悼の鐘をつくという。長い15年戦争の始まりの日だ。気にもしていなかった当方としては教えられたこと。

 

 

 

 

  われらただのぢぢばばながら敬老日   新津香芽代

 

                   「増殖する歳時記」より

 

 

 

 

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          台風一過。かろうじて倒れなかった紫苑

秋の虹

 またまた「アライグマ」が出た。二、三年前に天井裏に入り込まれて閉口したことがあったのが、入り口を塞いだり仕掛け罠を設置(行政から借りた)したりと対策功を奏して、このところは音沙汰がなかったのにである。今朝まだ薄暗い時間に(トシヨリは早起きなので)ガタガタと騒がしい音に窓を開けてみたら、まるまると太った獣がゆうゆうと屋根を歩いているのに出くわした。狸などというより大型犬ほどの大きさ。間違いなく「アライグマ」。早速対策をしないとまた毎夜のごとくやってくるに違いない。前回は設置罠に野良猫ばかりがかかり(漫画のようだが)止めてしまったことなどを思い出す。冬野菜の植え付けで忙しいH殿の仕事がまたまた増えそうだ。

 そういえば昨日はカラスとにらみ合いながら落花生の収穫をしていた。このところカラスが来ているようなのであわてて収穫をはじめたのだが、掘りかけで移動するとすぐにやってくると呆れていた。高いところから逐一見張られているようだ。全く野生の知恵にはかなわない。

 

 

 

 

     車内人誰れも目上げず秋の虹

 

 

 

f:id:octpus11:20170915070220j:plain この頃、我が家の定番「オクラのチーズ焼き」。オクラのピザのようで気に入っています。オリジナルではありません。

 

秋空

 今朝の新聞で岡崎の「瀧山寺」の「聖観音菩薩立像」が初めて寺外で公開されるとあった。当方が7月25日に触れた運慶仏である。東博での「運慶」展でということで、様々な修復を施しての公開らしい。宝物殿では梵天帝釈天とご一緒だが、展示は聖観音菩薩のみらしくそれは少し残念。梵天帝釈天も実にお美しいのである。確か聖観音の胎内には頼朝公の遺髪が収められていたはずである。

 昨日から中山義秀芭蕉庵桃青」を読み始めた。昔の中公文庫で活字の小さいのが難だが少しづつ読み進めている。久しぶりに俳句と向き合っていると読みづらさも気にならなくなる。以前読んだ嵐山さんの芭蕉像とは違った人物が立ち上がってくる。一日読書百ページ、編み物十段と思ってやっていたら、編み目を間違えていることに気付いた。迂闊な当方としては、こういうことはよくあることだが十段以上解くはめになってガッカリだ。

 

 

 

 

     秋空や塔の朱色のまだ褪せず

 

 

 

 

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 今日の夕焼けは真っ赤です。

爽やか

 久しぶりに出かけた。碧南市藤井達吉現代美術館での絵画展「リアルのゆくえ」を見るためである。半年ほど前、テレビの「美の巨人たち」で犬塚勉さんの存在を知った。写真と見まごうばかりのリアルさ、否写真以上の大気感に溢れた初夏の高原の風景に圧倒され、ぜひ本物を見たいと思っていた。その後、こういう企画展が隣県で催されると知って、これはもうなんとしてでも行かねばと思った次第。犬塚さんの作品は言うまでもないが、この絵画展そのものが実に見応えのある企画で、ため息をついた作品の多さは最近ちょっとなかったほどだ。もう一度じっくり見たいとためらいもなく図録も購入したが、本物にはかなわない。そんな思いに駈られるほど見応えのある作品が多かった。それにしても若死の画家の多いことよ。

 

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 ところで、美術館の向かいに「西方寺」という古刹があり、なんと「清澤満之記念館」という案内があるではないか。清澤満之さんは浄土真宗の偉大な先達。「他力信仰を近代的な問題として取り上げ、内面的深化追求した」人と言われている。活動の拠点が三河にあったことは聞いたことがあったがここだとは意外な出会いであった。ビデオを見せていただき執筆に励まれた部屋などを拝見してきた。満之さんも没年39歳。若い死である。

 

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     夭折の画家の一枚爽やかに

 

登高

あしながおじさん」 ウェブスター著

 何で今さらこの本?ということだが、この前読んだ佐野洋子さんの本のせいだ。佐野さんが何十年ぶりかに読んで、泣けた泣けたと書いていたのでこちらも懐かしくなった。「赤毛のアン」も「若草物語」も書棚の奥で埃にまみれているはずだが、この本の記憶はなくて図書館で借りる。新訳である。大まかなあらすじはわかっているのだが、それでも面白くて楽しくて一挙に読みあげた。佐野さんのように感涙がむせぶほどではなかったがいくつになってもこういうシンデレラストーリーは女ごころをくすぐる。機知に富んだジュディも魅力的だが彼女の魅力にとらわれてあたふたするジャーヴィーぼっちゃん(あしながおじさん)も可愛らしい。トシヨリには遥かに忘れてしまったワクワクドキドキする青春の心模様だ。この本の感想の末尾で、佐野さんは「私も長ながと生きてきてしまった。」と書いていたけれど、全く同感。

 

 今日は「重陽節句」。江戸時代なら大名たちが正装で登城して、将軍様に拝謁した日である。登高の故事にならって信長気分で駄句を。

 

 

 

 

     登高や濃尾一円たなごころ

 

 

 

 

あしながおじさん (光文社古典新訳文庫)

あしながおじさん (光文社古典新訳文庫)

秋の声

 このところ、このブログを通じてお知り合いになった人がたてつづけに二人、ブログを休止された。体調不良やらご家庭の事情やらと、のっぴき成らぬ理由である。こちらもこの半年、調子の悪さを抱えながら、お仲間のコメントに励まされ何とか続けてきたことを思うと、なんともやるせない。今は一日も早く再開されるのを祈るばかりである。

 編み物や縫い物をし、読書をと全く内向きの暮らしになってしまいこれではいけないと思ってはいる。トシヨリにには違いないが老けこむにはまだ早すぎる。

 写真はシコンノボタン。「好きな色だろう」とH殿が買ってきてくれた。

 

 

 

 

     秋の声小沼しずかに波立ぬ

 

 

 

 

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