角力

22日ぶりに帰宅しました。

 さすがに我が家はもう秋です。あんなに喧しかった蝉は鳴りを潜め昼間から虫が鳴いています。病院では寝たっきりが多かったので又一から体力つくりです。今年は都合四ヶ月も病院で過ごすことになってしまたので何とかこれで終わりにしたいものです。

 今回は面会にも厳しいハードルがあったのでほとんど家族とは会えませんでした。iPad miniでのSkypeが大活躍、愚痴やら相談やらと大助かり。暇に任せての音楽を聴いたり青空文庫を読んだりと終日使っておりました。この間に玄侑さんのお勧めにならい「般若心経」も覚えたのですが「空」の思想はわかりません(苦笑)。

 

 

 

 

 

         大化けとなるか今場所勝角力

 

 

 

 

 

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秋桜

『なりゆきを生きる』  玄侑 宗久著

 いよいよ明日入院、明後日手術である。「なりゆきを決然と生きる」とは玄侑さんの言葉だが、この時期にはふさわしい力強い言葉だ。この本にも「『なりゆき』というのはいい加減で定見のない在り方を批判的に言う場合にも使われる」が、そうではない。「逐一変化するプロセスも踏まえた現状」に「脱力して身を任せる」ということだと。二度三度とよくない連鎖でいささか安らかでない気持ちもあるが、 「なりゆきを生きる」と覚悟して、ゆっくりと治してきたい。

なりゆきを生きる --「うゐの奥山」つづら折れ (単行本)

なりゆきを生きる --「うゐの奥山」つづら折れ (単行本)

  • 作者:宗久, 玄侑
  • 発売日: 2020/05/08
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

『社会とことば』  井上 ひさし著

 さて上記の本といっしょに借りてきた井上ひさしさんの「発掘エッセイ・コレクション」。「ことば」の部分しか読めなかったが、なかなか面白かった。「メ」とか「ス」が日本語の古語では鳥を表すなんて初耳。「スズメ・ツバメ・ウグイス・カラス・カケス」などなど。大野晋さんの『日本語の成立』をとても評価されていたから早速古本を購入して入院に携帯することに。

 ところで当方が挫折した『やりなおし高校日本史』をH殿は読了した。ご感想を聞いたら、近代・現代史部分は知らないことが多くて面白かった」そうだ。いやいや、おみそれしました。

やりなおし高校日本史 (ちくま新書)

やりなおし高校日本史 (ちくま新書)

 

 

 

 

            風あれば風のなすまま秋桜

 

 

 

 

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虫の声

今年四度目の入院と手術

 一昨日形成外科の診察を受け、来週の入院と手術を決めてきた。先生はいつでもよいということだったが、早いほうがいい旨を伝えると、たまたま来週の手術日にキャンセルが入り即決となった。病名は「術後潰瘍とそれに伴う骨髄炎」である。治療は「大腿皮弁からの移植」ということで内臓に係る手術ではない。ところが完治までが思ったより期間がかかり少なくても三週間、場合によっては一ヶ月の入院といわれたのにはがっかりした。それですんなりと治ればいいのだが、いままで負の連鎖が続いてきただけに不安もある。そうはいっても考えてどうしようもないことは考えないことで、玄侑さんばりに「なりゆきにまかせる」しかないとはわかっている。一ヶ月となると留守宅の方も大変で、どうにか男二人で頑張ってもらうしかない。なにしろコロナで娘の応援は期待できない。面会も禁止ということなのでどうなるのだろう。これも「なりゆきにまかせる」しかない。残り一週間で出来ることはしておいて籠城用のものもちゃんと持って入ろうとは思う。前回にならってipad miniは持って行くつもりなので愛読させていただいているブログには訪問できます。  

 

 

 

 

       なりゆきや夜風に響く虫の声

 

 

 

 

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秋暑し

『いのちの停車場』 南 杏子著

 62歳の医師・白石咲和子をめぐる「死」にまつわる話である。東京の救命救急センターで働いていた彼女は事情があって故郷の金沢に帰郷、在宅診療所の訪問医となる。そこには一瞬を争う救命救急の現場とは違って「命を送る」という重い現実があった。

 貧しさと隣合わせの在宅での老老介護や癌患者の終末期医療、そして何より老いた父親からの安楽死の懇願。

 一昨年読んだ小堀鴎一郎さんの『死を生きた人びと』を思い出す。そして、十分に気持ちよく看取り十分に快く死なせてやる、反対に快く看取られ気持ちよく死んでいく、というのはなかなか難しいことなんだとつくづく思う。どちらの側に立っても今度は後悔なくちゃんとしたい。唯一その一瞬に居合わせた父との場合は、そうでなかったと思うから。

 

 戦記ものから始まってこのところは暗い話が多すぎる。がらっと気分一新と『やりなおし高校日本史』と『やりなおし高校地学』を借りてきたが二冊とも読了出来ずに挫折。前者は平安期の荘園制まで、後者は日本列島誕生のところだけと散々である。今やわが理解力と根気はその程度である。私が放り出した『やりなおし高校日本史』を夫が読み始めたが、さてどこまで根気が続くかな、見ものだ。(ちょっといじわる)

 

 

 

 

          秋暑しこんなとこより探しもの

 

 

 

 

いのちの停車場

いのちの停車場

  • 作者:南 杏子
  • 発売日: 2020/05/27
  • メディア: 単行本

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シロムクゲ

休暇果つ

作務衣風半纏作り

 連日の暑さにいささかうんざり。それでも短い夏休みはもう終わって2学期が始まったというではないか。マイクを向けられて「勉強が遅れているのでがんばります」とはなんとも殊勝な応えで、いつも思うのだが近頃の子どもたちはいい大人よりよほど立派な応え方をする。

 昨日外科の先生の診察を受けた。先日のMRIの結果を聞きに行ったのだが幸いなことに骨転移ではなかった。恐らく傷がなかなか治りきらないので、そのための炎症だろうということだ。外科の診察はもう当分受けなくてよいので後は治りきらない傷をどうするかということだけ。来週形成外科の診察があり、それにしたがって手術の必要があれば受けるつもりだ。本人としては早くすっきりしたい。

 暑さにかまけてごろごろしてばかりではと縫い物をする。娘の少女時代(中学生ころ)のウールの着物を解いて、とりあえず羽織で袖なし作務衣を作った。正月にニ・三回着たくらいだから勿体無い。作務衣もいいが袖が家事の邪魔になるから袖なしにしてみた。まだ着物が残っているから袖つきも作っていい。相変わらずいくつか失敗してやり直しをして満足な出来とは言えず情なし。

 

 

 

 

          けなげなる子らの感想休暇果つ

 

 

 

 

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敗戦忌

『今日われ生きてあり』 神坂 次郎著

 知覧の「特攻記念館」を訪ねたのは2012年の春であった。南鹿児島を観光するのがもともとの目的だったのだが、近くまで出かけて「知覧」を素通りするのもと訪問したのだ。が、館内のおびただしい数の遺書や遺影を見回るうちに、何とも辛い気持ちにさせられて早々に外に出て、観音堂で祈り復元された三角兵舎を見学した覚えがある。その特攻観音像の体内には、陸軍の特攻攻撃で亡くなった1016柱もの名前が記された巻紙が収められているということだが、いずれも二十歳前後の未来のある若者ばかりの悲しい記録である。

 この本はそのうちの何人かの遺書や遺族、関係者への聞き取りを集めたもので、涙なしには読めなかった。中には父母も亡くなり幼い妹だけを残していく話もあったし、新婚間もない妻や婚約者を残していく話も、優秀な兄弟四人がみな戦死する話もあった。みんな辛いなどとはおくびにも出さず従容として死んでいったのである。酷いのはすでに満足な機体すらなく故障による墜落や性能的に優位な敵機による撃墜で、実際に相手方への損傷はどれほどであったろうか。最終ページに米軍資料による「米駆逐艦に対する特攻攻撃状況図」が掲載されているが、これによっても21機中敵艦に突入したのはわずかに5機だ。

 先週の新聞に「『特攻』を生んだ思想とは」という記事があった。「絶対的な国力で欧米諸国に劣る日本が、それでも勝利するためにはどうするか。」その結果「極端な精神主義片山杜秀氏)にたどり着いた。」とあった。同紙面によれば、陸海軍の航空特攻による死者は約4000人、命中率は11・6%(元防衛庁研究所主任研究官)だとする。この記事へのコメントで作家の鴻池尚史さんは、若者を特攻へと駆り立てた「同調圧力」は今も根強いと警鐘を鳴らす。そして「『これが好きだ』という根源的な感情へのこだわり。それこそが、個人が世間の同調圧力と戦い、生き延びる拠点になる」と述べている。そういえばこの本にも「人それぞれに本分がある。いたずらに軍人にあこがれのはよくない」と言われて詩人として生涯を送った人が、残った遺族の世話を最後までみたという話もあった。

 

 

 

 

        不自由に不自由思う終戦

 

 

 

 

今日われ生きてあり (新潮文庫)

今日われ生きてあり (新潮文庫)

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墓洗ふ

『「駅の子」の闘い』 中村 光博著

 長い梅雨とコロナのことがあり、いつの間にか「立秋」がきて原爆忌も過ぎてしまったという感じだ。こんな様子だと閉じこもってぼんやりしている間に、盆が来て八月も終わりそうだ。いつもの夏とは違いすぎるから淋しいうえに、なんだかよけいに歳をとった気がする。そんなことをグダグダ嘆いてもしかたがないから玄侑さんにならって揺らぎてこれも「風流」と過ごさねば・・・。

 さて「八月の読書」は、毎年戦争を振り返るものと決めている。まず一冊目は図書館の新刊コーナーで見つけたもので、NHKで放映したものを書籍化したものだ。副題に「戦争孤児たちの埋もれてきた戦後史」とある。本土空襲やら大陸からの引き上げで親を亡くして孤児になった子たちがどれほどの苦しさの中から生きのびてきたかという貴重な証言集である。

 戦災孤児はどれほどだったか。23年の厚生省の調査では12万という数値が明らかにされてはいるが、正確かどうかは不明だという。敗戦直後は占領下で国家という体制も不完全で孤児たちへの手当も皆無であったから、自力で生き延びるしかなく、亡くなっていった子どもたちも多かっただろう。自力といっても幼子であり駅などで寝泊まりし残飯をあさり、野良犬同然であったという。誰もが生きることに必死だったから親戚などにも冷たい扱いをされ、人々からも白眼視されたことが飢え以上に辛かったとも言う。私が生まれ生きてきた戦後にこういう厳しい生き方を強いられた人々がいたということを忘れてはいけないと思う。

 「鐘の鳴る丘」というラジオドラマを聞いていたことがある。内容は忘れてしまったが主題歌は覚えている。あの話も戦災孤児の話だったのではないか。

 「緑の丘の赤い屋根 とんがり帽子の時計台 鐘がなりますチンコンカン メイメイこやぎも鳴いてます・・・」

 当時は事情もよくわからないままに聞いていたのではないか。

 

 

 

     

       父遥か母はさらなり墓洗ふ

 

 

 

 

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