『狂うひと』「死の棘」の妻・島尾ミホ  梯 久美子著

 600ページ強の大作でなかなか読み終えられない。運命の日が来て夫婦の対決が激化し、とうとうミホさんが精神病棟に入院するくだりまでは読んだ。

 ここまでで考えさせられるのは「文学と人間性」の関係である。「死の棘」は戦後文学の最高傑作らしいが、傑作だったら非人間的でも許されるのであろうか。島尾氏は夫人の意に沿うように「死の棘」を書いたようだが一方で愛人とされた女性はどうであろうか。詳しいことは梯さんの調査でもはっきりはしなかったようだが思い悩んだ末の自死ではなかったかと推察されている。反論も弁明もさせられず一方的な見方だけが世間に流布されてどんなに悔しくつらかったことかと思う。この点には「死の棘」を高く評価する吉本隆明氏さんも言及されていて「これはいったい何なのか、とぼくなんかは思ってしまいます」とある。大体島尾氏ははっきり言えば死を前提とした特攻隊員でありながら女性を籠絡したこと、あるいは傑作を書くために妻を狂気に陥れたことなど人間性という点では全く許しがたい。人を殺してその心理を書いたところでそれがいかに臨場感に満ちていても傑作とは言われまいのに、文学とはわからないものだ。

残りはまだ三分の一ほどあり。

 

 今日は各務原航空自衛隊航空祭で空が賑やかであった。ブルーインパルスの航空ショウーの写真を撮ろう思ったのに見るのを逸して白い航跡のみになってしまった。

 来春のチューリップを入れようと花屋さんに行ったら今年は売り切れて紫と白が6球だけ。他をあたるのもやめてパンジーとの寄せ植えで我慢することに。

 

 

 

 

     檻に熊かからぬ山の恵みかな

 

 

 

 

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しぐれ

 昨日一昨日と富山に出かけた。富山はお隣の県なのだが富山市は一度も訪れたことがない。たまたまネットで美味しそうなお鮨の写真を見て、出かけようとなった次第である。我が家から富山へは高速道(東海北陸自動車道)一本で北上するから紅葉も楽しめるに違いないと踏んでのことである。

一日目

 さて、天気を選んで出かけたのだが心がけのせいかいつも直前にあやしくなり、目的地には雨マークまでついた。岐阜県をまっすぐ縦断、奥美濃・飛騨と山岳地帯を抜けるルートでトンネルまたトンネルの連続、一番長かったのは11キロもあり運転手は気が抜けない。トンネルの間の山々はまさに全山紅葉の真っ盛り。陳腐な表現だが燃え立つような山々である。

 最初の目的地は富山県の「五箇山菅沼合掌集落」である。実はここの手前に岐阜県の合掌集落「白川郷」があるのだが、素朴さを求めてあえてこちらにした。しかしここも集落の谷に下りるのにエレベーターやトンネルが整備されており観光化されているのはしかたがない。たまたま訪れた人間がメルヘンチックな想いを抱くのは勝手だろうがこの辺は相当の豪雪地帯だから冬場の暮らしは本当に大変だろうと思う。家屋によってはすでにしっかりとした雪囲いがなされている。

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 二つ目の目的地は高岡市の「瑞龍寺」である。富山県に入るとぱらついてきて、まったく北国の空は時雨れやすい。拝観時にはとうとう雨傘の登場となった。「瑞龍寺」は加賀二代藩主前田利長公の菩提寺である。曹洞宗のお寺で総門・山門・仏殿・法堂を一直線に配列し、左右を禅堂・大庫裏・回廊で囲った大伽藍である。昔一度訪れたことがあるが夫は初めてである。その当時はまだであったが今は山門・仏殿・法堂が国宝に指定されている。仏殿の仏様についてあれこれせんさくしていたら禅僧の方に声をかけられた。ここをお守りされている方で大寺をたった二人で守っておられるらしい。「修行以上に大変ですわ」と笑っておられたが、そうであろう。利長公に纏わるお話を聞かせてくださりいい思い出になった。

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 この後同じ高岡の街で「高岡大仏」を参拝。高岡は鋳物の街なので大仏さまは銅製である。

幸いなことにしぐれもひと休みで私達はもう少し北上して日本海に出る。富山湾のこの一角「雨晴らし海岸」は渚百選にも選ばれた景勝の地で、逃避行の義経主従が雨宿りをした義経岩や女岩・男岩が有名だ。天気次第では遥かに立山連峰も見られると言うがあいにくである。渚際に瀟洒な「道の駅」が出来てコーヒーをいただきながら海が見られる。海なし県の者にとってはいつも海は文句なく素晴らしい。傍らに芭蕉の句碑がある。

 わせの香やわけ入る右は有磯海  芭蕉 

この辺りは「有磯海」というらしい。併記されているのは大伴家持の歌で、これは彼が越中の国守だったことに由来すると思われる。

 

 

   しぐるるや小貝をひろふ有磯海

 

 

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 近くに越中一宮気多神社があるというので寄る。高い階段を上った先、山懐に鎮座されるのはオオクニヌシの命とヌナカワヒメ古事記の愛の物語を思い出させる。社殿に掛かった「一宮」という額が空海の真筆であるとあったがまさか本物ではあるまいと、不信心な私達は疑った。

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 これで一日目の予定は終わったのだが本当はこれからがメイン、そもそもの旅の目的である。ホテルで少し休んでから予約を入れておいた鮨屋さんに出向く。「富山湾鮨」の会席である。「富山湾鮨」というのは富山湾でとれたものを握った鮨らしくネットの写真で見る限りでは実に美味しそうだ。さてさて実際はどうであったか。確かに新鮮で美味しかった。地元でしか食べられないという「しろえび」は特に秀逸であった。ただシャリが少し温いように感じたのは気のせいでしょうか。

 夜ともなればコートとマフラーがほしくなるほど冷えてきた一日目だった。

二日目

 朝のうちは時雨れていたが風は強いが抜けるような青空になる。本当は「富山県美術館」に行くつもりだったが二日間の日程を入れ替えたのであいにくの休館日に当たってしまった。街なかの散策もいいかとホテルに車は置いて歩いて廻る。まず行ったのは「富山市ガラス美術館」。隈研吾設計のおそろしくモダンな建物である。エミール・ガレーなどと違って最近のガラス作品は見たことがないのだが、みんなとても美しい。割れ物なので黒子の監視員の人が多い。ひと通り見て併設のショップも覗く。綺麗で欲しくなるがものは増やさないとがまんがまん。

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 富山市は市電の走る街である。乗ってみるのもいいなと思っていたがそれは出来ず、目だけで楽しむ。相対的にバスが少ないせいか街路が広々としている。あちこちに生花が飾られ(初めは造花だと思っていた)町興しのコンセプトのひとつなのかガラス作品も展示されている。Tなどは岐阜市と比べて感心しきりである。旧城下町なので城址公園にも行く。天守閣は復元であるが門が一基残っている。

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 この後は車を出して市の東部の「富岩運河環水公園」へ。運河をいかした親水公園である。水上クルーズもあるが私達は野鳥を見たりしてぐるりと廻っただけ。風がころころと木の葉をころがしてやや寒いが気持ちの良い景色だ。

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 さてさて、この後昼食探しのハプニングなどもあったのだが、これで二日間の旅は概ね無事終了。一路家路を目指すことになる。

 高速に入ったらまたまた降り出してきて、やはり「北国の空は時雨やすきかな。」

 

 

 

     銀杏散る路面電車の似合ふ街

 

 

         *写真の何枚かはTからもらいました。

大根

『たそがれてゆく子さん』 伊藤 比呂美著

 いや、面白かった。何が面白かったと言えば老いていく身への共感ということだろうか。もちろん彼女は一回り下の世代で、当方とは比べものにならぬほど自由で行動的に生きている人なのだが、人の(女)一生の普遍性みたいなものは同じだ。つまり、恋をして子育てに奮闘しひと息ついたら親の死(彼女の場合は高齢の夫の死も)やら自身の老い、行き着いたのは解放感というよりぽっかりとした寂しさ。それらの体験がまるで鉈をバシバシ振り下ろすような文体で書いてある。ジメジメした悲壮感はないのだが、我が身の来し方行く末を考えるとなるほどなるほどと身に沁みるものがある。彼女も「おばあちゃん」と呼ばれる歳になり、苦労した娘達にいたわられる身になり、されどこれから新しいことへの挑戦もあるようだ。単なる「たそがれてゆく子さん」でないのはさすがだ。

 

 冬の暖かさはまだ続いている。りホームが終わって元に戻してやっと落ち着く。大工さんがなかなか礼儀正しい若い人で気持ちよかった。そう言えば檜の剪定をしてもらった庭師さんも礼儀正しい若い人であったが、そういう人たちが職人仕事に携わっておられるというのは何となく頼もしく嬉しい。

 

 天気が続くようなので紅葉を愛でながら美味しいものでもと「北陸」へ出かけることにする。病後初めての一泊旅だが我が家からは高速で一本道である。いつものごとく旅のプランを打ち出してプリントをする。家人は「好きだなあ」というが計画を立てるのも三分の一くらいの楽しみ。宿の手配も昼食処の候補調べも手抜かりなし。あとはお天気のみである。

 

 

 

 

 

     大根抜くずぼつと暗き穴深し

 

 

 

 

たそがれてゆく子さん (単行本)

たそがれてゆく子さん (単行本)

冬の雨

 昨日から玄関ホールの床のりホームが始まった。ホールというほどたいしたものではないがもともと田舎の広い土間だったのでそれなりの広さはある。床を張って四十年にもなって少しフワ付いてきたのでりホームすることになった次第。玄関だからあまりものは置いてないのだがそれでも本箱やら何やら移動させてそれが隣の私用の部屋に所狭しと並べてある。本箱から出した百科事典やら文学全集、夫と私の意味の無くなった買い物の最たる例で本当はもう全部捨てたい。燃えるゴミに出すのか紙の日に出すのか面倒でしまってあったのが湿気臭い匂いを醸している。本当は今日で終わるはずだったのだがあいにくの雨で一日伸びた。

 一昨日図書館で梯久美子さんの『狂うひと』を借りてきた。一昨年出た時に話題になっていたが多分重苦しいに違いないと手が出なかった。最近梯さんのエッセイを読んだから挑戦する気になったのだが想像以上の力作である。なにしろ600ページ以上もあるので簡単には読めない。内容は今のところは夢のような恋愛譚である。 

 間の悪いことに図書館から帰ってすぐの夜、予約本の貸出可のメールがきて今日またあたふたと出かけてきた。『たそがれゆく子さん』伊藤比呂美さんである。豪快なバシバシした文章でこれは面白そう。こちらをまず読むことにするかと移り気である。

 また遊びに行こうかという話になっている。季節のいい時体調のいい時と思えばもうそんなにはないかもしれぬとというのがいい訳である。

 

 

 

 

     向かひあひそれぞれのこと冬の雨

 

 

 

 

狂うひと ──「死の棘」の妻・島尾ミホ

狂うひと ──「死の棘」の妻・島尾ミホ

たそがれてゆく子さん (単行本)

たそがれてゆく子さん (単行本)

寒さ

『俳句入門』  小川 軽舟著

 たまには刺激を受けないとどんどん俳句から遠ざかるばかりだと思って借りてきた。基本をわかりやすく解説した本で改めて勉強になった。要となるような部分は作句や推敲の視点としてノートに書き写しもした。

 印象に残ったのは写生句についての解説で、写生だからこそ発見がないとつまらないという部分である。発見というのは人より先駆けて見つけたというより発見的表現ということであろうか、例句としてあげられたのは

 翅わつててんとう虫の飛びいづる   高野 素十

である。「翅わつて」まさに詠めそうで詠めない発見的表現である。

 写生句同様、人事句についても発見がないのは詩にならないと手厳しい。人事句の三つの要素として感動があること、普遍性があること、そして、類想とは無縁の作者の発見が大事とある。例句にあげられたのは何れも名句で季語の取り合わせも絶妙である。

 うつしみは涙の器鳥帰る      西村 和子

 どの道も家路とおもふげんげかな  田中 裕明

 西村さんは配偶者を亡くされた悲しみ、田中さんは故郷への思いを詠んだものだ。

さて、こんなことを書き連ねた後に自作句を書くのは恥ずかしいが、季語は悩んだ末である。明るい季語をと思ったのだがどうしても納得できず、はや冬の季語になってしまった。

 

 

 

 

     看る人も杖手放せぬ寒さかな

 

 

 

 

 

紅葉

昨日の新聞の土曜版に映像作家の保山耕一さんという方が紹介されていた。癌にかかり体調も経済的にも厳しい中、古都奈良の景色を映像に撮ってはフェイスブックやユーチューブに投稿されており、その映像の美しさが評判だというのだ。どんな映像なのか気になったので検索してみた。評判どおり実に美しい映像で見とれてしまった。何の作為もなく自然のままに撮っていると言われていたが、見る人が見れば自然というものがこんなにも美しい姿を見せるものかと感心するばかりだ。なんでも投稿数はすでに500を超えているということなので少しずつ丁寧に拝見していきたいと思う。

 

 

 お隣のご夫婦が一挙に老けられた。二人とも足取りが覚束なく耳も目も疎くなられた。比較的近くに娘さんがおられるが頼りの同居の息子さんは入院中だ。昨日今日と床から立てなくなったご主人を家人が助けにいったが傍目にも老老介護は厳しい。昔一緒にランニングをしたことを思い出すと全く歳を重ねるというのは寂しく残酷なことだ。

 

 

 

 

     もみぢして水辺もつとも美しき

 

 

 

 

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薯畑

 『猫を抱いた父』  梯 久美子著

   梯さんはノンフィクション作家としての仕事が著名であるが、この本はエッセイ集である。もちろん本業同様真摯な姿勢が感じられる作品集である。内容は家族のことや子供時代あるいは故郷での話、成人後東京に出てきてからの体験や出会った人の話、そして取材をとおして知った戦争に係る話である。最後の戦争に係る話は死者の残した戦地からの便りや残された者たちの悲しみの歌などに触れたものだが、この本を読んでエッセイだけでは掴みきれないその種の話をもっと読んでみなければと言う気持ちにさせられた。八月に戦争ものを読むのは毎年の行事だが来年はこの人の『散るぞ悲しき』にするかなと思う。硫黄島玉砕時総指揮官栗原忠道中将の評伝である。

 

 田舎はどんどん人が減っているというが我が家周辺は同じ田舎でも新しい住宅が増え人口は急増している。家が属する班でももともとの住人は我が家を含めて三軒だけで残りの十二軒は新しい住人であり外国名の方もおられる。身近にドラックストアが出来、最近はコンビニもで出来た。そしてドラックストアやコンビニの前は何だったかすぐに忘れてしまう。そのコンビニの店員さんは外国の人だったと家人が言っていた。予測出来ない速さで世の中が変わっていく。

 

 

 

 

     薯畑が消えてコンビニ眩しかり

 

 

 

 

猫を抱いた父

猫を抱いた父