山眠る

『雪の階』 奥泉 光著

 惹句にミステリーロマンとある。日中戦争開戦前夜を背景に、華族という特権階級に属する女性を主人公にした話である。時代がかった装飾過剰とも思える文体が昭和十年という雰囲気をよくだして歴史ロマンミステリーにふさわしい。「天皇機関説」も「2・26事件」もあのあたりの歴史には全く無知である身だが、なにやら騒然とし暗雲に覆われてくる世相、その行き着く先を知っているゆえそれだけで不気味だ。詳しい話はミステリーだから触れないが、霊感を持つと言われる主人公を利用する企てはあまりにも荒唐無稽でリアリティに欠ける。と、思ったのだが、案の定結末はやや尻切れトンボであった。なによりも諸悪の根源が生き延びたのは納得できない。また、トリックの方法としては、松本清張を思い浮かべたのは私だけではあるまい。

 さて、600ページ弱という長大な話を読んで充たされたかといえば、どうだろう。一時の宮部みゆきのミステリーのように社会の矛盾を告発するような鋭さはなかったから面白いが長かったというしかない。

 

 

 

 

     風の音鳥の声聞き山眠る

 

 

 

 

雪の階 (単行本)

雪の階 (単行本)

寒さ

『句集 源義の日』 角川 春樹著

 父恋母恋姉恋友恋の句集である。おそらく半分以上が身近な亡き人を忍ぶ句なっている。表題からして父角川源義氏の忌日を意識してのことであり当然と言えばそうである。

 角川春樹氏と言えば山本健吉氏が『現代俳句』で言葉を極めて褒めそやしておられたのを思い出すし、確かに魅力的な作家だとも思っていた。そんなわけでこの句集も借りてきたのだが少しがっかりした。

 深秋といえば書斎に父の椅子

 これは春樹氏の若い日の父恋の句だが 

 かりがねや月の窓辺に父の椅子

 父の日や使わぬ部屋に夕日差す

おそらく同じ部屋や同じ椅子を詠んでおられるのだと思うが父不在の空疎感は前者に及ばない。それよりも気になったのは名句の類想ではないかと思われる句が見られたこと。

 いきいきと飢えてゐるなり枯蟷螂 (いきいきと死んでゐるなり水中花)

 湯豆腐やいのちふたつのあたたかし(湯豆腐やいのちの果てのうすあかり)

俳句は類想がでやすいとはいえどちらも人口に膾炙した名句だけになんとなく二番煎じの気がする。

春樹氏の句には自然詠より境涯句と思われるものが多いが

 鰤起しわが晩節も修羅がゐる

 海鼠腸や流離のこころ今もあり

 てつちりや父につながる無頼の血

 雁渡るわが晩節の荒地あり

 火を焚くや孤立無援に矜持あり

結構お年を召されたと思うが平穏で安らかな老後は望んでおられぬようである。ところで、

 ゆく雁のつぎつぎ天をひろげゆく

私はこの句が一番いいと思う。

 

 

 昨日の夜半お隣のご主人が亡くなられた。家族葬で送られるというので昨夜お別れにだけ行ってきた。

 

 

 

     枕辺に享年を聞く寒さかな

 

 

 

 

源義の日

源義の日

鴨の陣

佐野洋子の「なに食ってんだ」』   佐野洋子 オフィスジロチョー編

 佐野さんが亡くなってもう九年もたつのだから今さら新刊本は出ないと思うわけだ。ところがである。もちろんこの本は佐野さんの著作のあちこちからの抜き出しだが、懐かしい佐野さんの語り口は味わえる。美味しそうな料理の写真もある。へえ、そんな食べ方もあるのだと思ったり、真似して作ろうと思ったり。健太さんという息子さんとのやりとりやエピソードが結構楽しい。いろいろあったようだが幸せだったんだなとも思ったりもする。

 さて、ここからは我が家の話だが、何を考えてか去年から(というよりこちらの病気以後)H殿は毎日の夕食を日記に記録し始めた。名前のわからない料理は「何と言うのか」と聞いてくる。以前はよく食べる割にはあまり感想も言わなかったから、この関心の持ちようはどういう心境の変化かと思うが、悪い気はしない。便利なこともあって、献立を考えながらそろそろおでん鍋でもいいかと思って「今年になっておでんした?」と聞いたら、おもむろに日記を出して「いや、まだだ。」と宣った。故に明日はおでん鍋である。

 考えてみたら何を食べるかは最大の関心事のひとつである。贅沢ではなく普通のものを美味しく食べたい。そして出来ればちょっとお酒。そういうと家族は「ほんとに呑み助やなあ」というが、誤解である。ちょっとだけあればそれで充分幸せ。

 

 

 

 

     足音にちりぢりとなる鴨の陣

 

 

 

 

佐野洋子の「なに食ってんだ」

佐野洋子の「なに食ってんだ」

寒の水

 昨日はこの冬一番の寒さで日中の気温も四度しか上がらなかった。名古屋市では最高気温が札幌市をしたまわったということでニュースになっていたほどだ。インフルエンザも流行っているというからなるべく出かけたくないのだが医者と図書館と買い物に出かける。車のフロントガラスの温度計はずっと一度。

 借りてきたのは予約しておいたのが二冊。いずれも何かの書評で紹介されていたもので奥泉光『雪の階』と佐野洋子『なに食ってんだ』。あと新刊棚で角川春樹句集『源義の日』を加える。

まずはつぎの予約が入っているという『雪の階』を読み始める。600ページ弱もある。

 ネットで買った毛糸も届いた。思ったよりあざやかなブルーである。こちらも早速編み始めたのだが簡単に頭に入ってこない編み目模様で時間がかかりそうだ。まあ次の冬までの楽しみにゆっくり編もうかと思う。

 

 

 

 

     やんわりと放つ豆腐や寒の水

 

 

 

 

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裸木

 寒気が下りてきて日差しはあるが風が冷たい。午前中はこの冬二回目のマーマレイド作りをする。

 午後は日差しの暖かい縁側でまず講談を聞く。何でも神田松之丞という講談師が人気だというのだ。演目は忠臣蔵から「赤垣源蔵 徳利の別れ」。概ね知っている話で、もう一つは宮本武蔵からの小話。迫力があってなかなか面白い。

 昔ラジオの前で講談や浪曲を聞く親のかたわらで色々聞いたことを思い出す。当方の歴史好きなどは案外そんなところにきっかけがあるのかもしれぬ。

 H殿は昨日志生の落語のCDを買ってきていた。聞き終えたら回してもらうつもり。

 

 

 

 

          裸木の清々しさの空の蒼

 

 

 

 

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初湯

邪馬台国は「朱の王国」だった』 蒲池 明弘著

 「朱」とは硫化水銀を主成分とする赤色系の顔料である。火山活動に伴う産物として得られるので火山国の日本ではかっては多くの鉱床があったらしい。「丹生」という地名が各地に見られることや古墳の内部に大量の朱が撒かれていたことなど日本社会の原点を考える上で「朱」は気になる存在ではあった。この本はその「朱」を鍵に古代日本を説いたものでかなり説得力があった。

 一番納得できたのは古代社会と「朱」をその経済面から取り上げた点である。あの巨大な仁徳天皇陵応神天皇陵を築き上げた大王家の経済力はどう蓄えられたか。今まであまり問題にされなかったようだが農業の生産性も低い五世紀に一体どうやって桁違いな富を得たのか、考えてみればとても不思議だ。筆者はここに輸出品としての「朱」の価値を上げている。同様な論理は巻向地域にヤマト政権の初期基盤があった意味にも通じる。奈良県宇陀市から桜井市にかけては「朱」の「大和鉱床群」が広がり、かっては全国一の埋蔵量を誇っていたらしい。あの狭隘な奈良盆地の片隅が王権の発祥の地になるのはその「朱」を糧にしてに違いない。筆者の言うとおり、現在の奈良県の農業産出額が全都道府県中45位、狭い奈良盆地の農業生産力がヤマト王権を支えたとは思えないのである。

 「朱」は現代では水銀の毒性の方が恐れられているが古代では不老長寿の薬として、あるいは防腐剤・鍍金剤として非常に貴重なものであったようだ。『魏志倭人伝』にも倭国に「丹」が出ると特筆しており、交易品としての価値は高かったようだ。

 この本では邪馬台国の候補地と「朱」伊勢神宮と「朱」の関係、あるいは神武東征は「朱」の鉱床を求めてではなかったかなど、古代史のさまざまな点での「朱」とのかかわりを述べている。単に推測の域を出ないところもあるが、「朱」が深いかかわりを持つということはよくわかった。

 さまざまな資料も駆使され問題提起としてはとても面白い一冊であった。なおこの筆者の本は『火山で読み解く古事記の謎』以来二冊目である。

 

 

 

 

 

     たまきはる命を洗ふ初湯かな

 

 

 

 

邪馬台国は「朱の王国」だった (文春新書)

邪馬台国は「朱の王国」だった (文春新書)

     

五日

 新聞のおくやみ欄で昔の知り合いの逝去を知る。民生委員を務めていた頃の先輩委員で五年ほど前までは年賀状のやり取りもしていた。同じ頃の先輩委員に電話をしたら、今日がお葬式で彼女は参列すると言われる。その言葉に迷ったがご無礼することに。せめて亡き人を思い出してお悔やみとする。時々は娘さんが訪問されるが、晩年はお一人住まいだったと聞いた。長屋門のある広い屋敷にお一人とは心細かったであろうと思う。

 友人のIさんからの賀状が届かないので体調でも崩されたのかとメールを入れた。本人ではないがご主人の体調が悪い由。体育会系の方と思っていたが加齢に伴う故障は誰にも容赦なしだ。

 昨日も帯状疱疹のその後で初診察(?)を受けたのだが、「高齢ですから薬を飲んでも元に戻ることはありません。どのくらいで日常生活と折り合いがつけられるかということです。」とはっきり言われてしまった。元に戻らないというのがいろいろ増えてきたなあとしみじみ。まあぼやいても仕方がないからとネットでブルーの毛糸と久しぶりに本も注文。自分で自分の気持に「喝」を入れることに。本は早速届いて読み始める。

 

 

 

 

     五日まだシャッター下ろし眠る街

 

 

 

 

 

 

邪馬台国は「朱の王国」だった (文春新書)

邪馬台国は「朱の王国」だった (文春新書)