春霞

アイヌ歳時記』 二風谷のくらしと心 萱野茂

 どういうわけだかこんなことは滅多にないのに昨夜はとんと寝つけなかった。蒲団の中でもんもんとして夜半を過ぎ、とうとう起き出してこの本を読み始めた。

 ちょうど昨日の新聞に「アイヌ新法 成立」とあったからである。何でもアイヌ民族を法律上初めて「先住民族」と位置づけたものだそうだ。そう言えば少し前まで「日本は単一民族の国家だ」などと言った首相もいたくらいだから法律できちんとその存在を認めたのはよかった。もちろん手放しで喜べるという内容ではないらしく一部には反対もあるらしい。

 この本でもアイヌの人々の主食ともいえるサケを和人が「一方的に、獲ることを禁じてしまった」と憤っておられた。「アイヌ民族の食文化伝承のために必要なサケはどうぞご自由に、といってほしい」としておられるが、先の法律では「民族の儀式や文化伝承を目的にした国有林の利用、サケの採捕などに特例措置を設けた」とあるのでこのあたりの問題は解決したのだろうか。

 しかし、今現在アイヌ語がわかる人はどれほどおられるのであろうか。ある民族にとって言葉が失われることはどれほどの痛手であろう。形骸化した儀式は残ってもその精神は失われていくような気がする。その意味では「新法」といえども遅きに失したかもしれない。

 

眠れぬままに読んでまだ半分である。昼寝をしてはまた今夜に響くので眠気防止にぐだぐだ書いた。先の旅を思い出して一句。

 

 

 

 

            海峡をまたぐ大橋春霞 

 

 

 

 

 

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春深し

カササギ殺人事件  上』 アンソニ・ホロヴィッツ著  山田 蘭訳

 新聞の読書欄で知って図書館から借りた。上と下の二巻なのでとりあえず上巻を予約して借りたのだが読み終わっても下巻がすぐに読めないところが残念。まだ予約者五人待ちである。事件が起きて取り巻く人間関係がわかってきてと、そこまでである。本当は購入すればいいのだがよほどの本でないと買いたくはない。そうでなくても我が家は本に埋もれているのだから。

 今のところ古風なミステリーである。イギリスのバースやエイヴォンが舞台というのがいい。昔訪れたことがありその美しい景観が目に浮かぶ。さて、どんな展開になるのかはお楽しみにしよう。

  バックなど鞄の断捨理をした。日曜日のNHKスペシャルでこんまりさんの片付けをを見た。「心がときめくかどうか」が整理の基準らしい。古いバックはどれを取ってもときめきなんてありはしないが、だからといって全部捨てるふんぎりもつかず、うじうじ迷って袋一杯だけだす。少しだけ余裕のできた空間が嬉しい

 ゆうべは来月から後期高齢者になるH殿とエンディングについてちょっとだけ話し合った。お互いにわかりやすくしておこうということは一致した。

 

 

 

 

         春深し旅の途中の足湯かな

 

 

 

 

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たんぽぽ

『AIvs.教科書が読めない子どもたち』  新井 紀子著

 「シンギュラリティー」という言葉を初めて知った。「人工知能(AI)が人間を超えるまで技術が進むタイミング」をいうそうだ。まず著者は「シンギュラリティーは到来しません。」所詮AIは意味がわかって意志を持って仕事をしているわけではなく「入力に応じて計算した答えを出力しているに過ぎない」のですという。しかし、AIが人間の能力を超える分野は数多あり、そのために淘汰される仕事も多いはずだと警鐘を鳴らす。

  先日の朝日新聞(4月7日)の厚生労働省資料によればAIの進展などによる就労者の増減は減が工場労働者や事務職などで338万、増は技術者が45万介護やサービス業で142万とある。

 筆者は「東ロボくん」という人工知能で東大入試に挑戦したわけだが、さまざまな試行の結果合格の水準までは至らなかった。はっきりしたのは英語や国語などの「読解力」を必要とする分野は不得意であるという事実だ。そこで「読解力」を必要とする分野、上記の資料でいえば技術者であるがそれはAIでは肩代わりできない分野であるとして、人間(おもに小・中学生)の読解力を調べた。ところがその結果は非常に危機的な低さで愕然とした。これではAIに出来ない仕事は出来ず、AIに指示されながらだれにでも出来る低賃金の仕事をするしかない。文科省は、やれ「アクティブ・ラーニング」とか「プログラミング」とかいっているが、教科書を正確に読めなくてどうする。「読み取る力」をつけることこそAI時代に対処する喫緊の課題ではないか。 

 まあ、筆者の焦りにも似た提言はこんなところではないだろうか。「読解力」の調査のもとになったRSTというテストについて批判的な意見もあるようだから本当に今の子どもたちの「読解力」がお粗末なのか私にはわからない。(文中の例題をやってみた私は完答ではなかった。正確に読めない人?)AIによる社会的大変革が私の生きているうちにくるのかどうか。見たくはないからその前にとっととおさらばというのが感想だ。

 

 

 

 

       たんぽぽのぽぽが飛びきし滑り台

 

 

 

 

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 散歩をしているといろんなものに出会うが、今日は巣から落ちたらしい子雀に会う。まだ産毛が残っており目も見えるのかな?かわいそうだが野鳥の子は拾ってはいけないとH殿。(一応野鳥の会の会員です)強い風に吹かれてだんだん道路の方に飛ばされていたので風の当たらないところに少しだけ動かしたけれど多分駄目なような気がする。

 先日書いたナガミヒナゲシについては市役所の環境政策課に電話をした。たまたま広報でオオキンケイギクの駆除の記事が掲載されていたからだ。ちょっとお節介かと思ったが・・・。散歩道の拔けるところは抜いている。でも川べりは無理。

春の蝶

 いつもの散歩道、川沿いにオレンジ色のポピーに似た花が咲き群れている。去年は一・二本だったのに増えている。かわいい花だと思っていたらとんでもない危険な外来植物だと知って、見るたびに不安になる。たぶんかわいいからだろうが、昨日は畑一面に咲かせているのを見てしまった。

 これは「ナガミヒナゲシ」といって在来の植物を駆逐するかもしれない恐ろしい帰化植物ということだ。繁殖力がすごくてひとつのさやから1500個もの種子を飛ばすらしい。アレロパシー活性とかいうのも強くて周りの動植物に良くない影響を与えるともあった。

 一時オオキンケイギク木曽川の河川敷一面にはびこって市が駆除を呼びかけたが、このナガミヒナゲシも早いうちに手をうたなくていいのだろうか。

 

 庭の草取りやら旧友と食事会などなど、ちっとも本を読んでいない。明日は雨になりそうだから少しは落ち着くかな。

 

 

 

 

        春の蝶もつれもつれて天のきわ

 

 

 

 

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追記 

 この花(ナガミヒナゲシ)が危険外来植物だというのはデマだと教えて頂きました。確かに繁殖は強い外来植物ですが、危険というまではないようです。慌てて市役所に電話を入れた軽率を恥じてお詫びの電話もしました。

花筵

 半日程度庭仕事。木蓮の花屑の片付けからシャコバサボテンの植え替えと草引き。ガスの検針の方に「つぎつぎきれいに咲きますねぇ。でもお世話が大変そう。」と同情される。全くお世話は大変だ。アマリリスの植え付けもしたかったのだが、これは結局夕方H殿がしてくれた。

 午後図書館。今回は借りてきたものの半分も読めなかった。まあ旅行もあったからしかたがないかと1冊だけ継続であとは返却する。図書館で以前の公務仲間に会ったが名前が思い出せない。思い出せないまま話をして別れたのだが、三年しかたってないのにこの有様・・・情けない。

 図書館周辺の桜はまだまだ今が盛り。花見を楽しむ人も多い。明日は雨になるというから名残の桜になりそうだ。

 

 

 

 

          花筵押さへに化学入門書

 

 

 

 

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ラニーニャ』 伊藤 比呂美著

 この本の中の「ハウス・プラント」と表題にもなっている「ラニーニャ」を読む。どちらも彼女の初期の作品らしい。いつものように彼女自身の暮らしを投影した作品で、前者は最初のご亭主と別れて渡米した頃、後者はそのもう少し後が舞台か。どちらも渡米に纏わる混乱、例えば風土の違い、言葉の困難さ、ビザの問題から結婚、夫の闘病、子どもの拒否反応、チェック症状であったり拒食症であったりと問題山積の日常を息せき切ったような筆致で書いている。読んでいる方も問題に追いかけられているような気分で「はあはあ」と息継ぎしながら、それでもその後の成り行きを知っているだけにそれほど暗い気持ちではない。

 この二編はいずれも芥川賞の候補になって落選、後者は「野間新人文芸賞」を得たとあとがきにあるが、勝手な感想から言えば私も後者の「ラニーニャ」の明るさを感じる終わり方が好きだ。

一時帰国する筆者と娘たちに米国に残る夫が「帰って来るか。ほんとに帰ってくるか。」と聞くと、いろんな適応障害を乗り越えた娘達がそれを明るく肯う場面。

 

 桜が風で激しく散り始め水仙も椿も木蓮も色あせてきた。春はどんどん進んで行く。

 

 

 

 

    

        過ぎし日をおもえば疾し飛花落花

 

 

 

 

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春の潮

三日目

徳島市内散歩

 前前日は温泉宿に泊まったが二日目は駅前のビジネスホテル泊。朝食後近くの徳島中央公園を散策する。ここは蜂須賀家の城跡で博物館もあるようだが開館までには時間があり、ぐるりと散歩をするだけにする。後は街並みを拝見。公費も使わないし誰から頼まれたわけでもないので「何の役にもたたない視察団」と称して、ゆく先々の県庁所在地を拝見している。徳島市は駅のあたりにコンパクトにまとまった感じで、市役所も裁判所も大学もデパートもNHKもある。もちろん食べ物屋さんも飲み屋さんも。春の盛りなので植栽としてパンジーが綺麗だった。

 

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渦潮を見る

 干潮のピークが正午だというので徳島市に別れ鳴門市を目指す。

 鳴門大橋の橋桁の下を利用した遊歩道「渦の道」に行く。頭上を轟々と走る車の音とガラス張りの足元でかなりスリルがある。干潮の潮が川のような速さで流れ、渦を巻いている。渦潮を見るための船も出ている。安全だとわかっていても背中が寒くなるようで写真が撮れない。故にここはTの写真を回してもらうことにした。

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その他

 旅の楽しみとして土地の人と触れ合うことを挙げる人もいるが今回はあまりそんな場面はなかった。ただひとつ、淡路島の玉青館の受付の方が親切に案内やら説明をしてくださったのが思い出である。それから気に入った徳島のお酒は「おでんでん」。少しずつ飲み比べての結果である。少し寒かったが天気に恵まれたいい旅であった。

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さて渦潮を最後に一路我が家へ。

 

 

 

 

         白波を蹴立て渦巻き春の潮