敗戦日

街道をゆく四十二 三浦半島』 司馬 遼太郎著

 BSで「新 街道をゆく 三浦半島」というのを見た。古いシリーズが再放送されていたのは知っていたが、これには「新」が付く。「鎌倉殿の十三人」に合わせた企画かもしれない。「街道をゆく」はどれも昔読んだはずだが、すっかり忘れているので再読をした。

 三分の二ほどが鎌倉幕府関連、残りが横須賀の海軍関連の内容である。鎌倉関連は、非常にタイムリーで、興味深く読んだ。司馬さんも三谷さんもおそらく『吾妻鏡』を参照にされているのであろう。話も人物描写も大きくは違わない。ただ比企能員の謀殺(昨夜の放映)のあたりは、少し違った。

 頼朝の存念というものが、「大きくは武士団の利益をまもり、小さくは武士団相互の紛争を公平に裁くということ」にあって、彼はひとりでそれに携わった。しかし、死後家督を継いだ頼家にはその能力がなかった。それがさらなる悲劇の始まりであった。

 この本には櫛の歯のように欠けていった武士団の最後に、「三浦一族の滅亡」もある。時頼と争い、破れた三浦氏一族五百余人は頼朝の法華堂でいっせいに腹を切ったという。

 頼朝から北条氏への時代は百五十年続いた。「土地制度が定まり、道理の通る世になった。」「思想も簡潔になり、法の世になった。」一方で「商品経済の勃興」は多様な価値観をうみだし「鎌倉幕府の衰亡」に繋がっていった。

 研究者の調査によれば、鎌倉という土地は累々たる死者の骨の上に成りったているようだ。今でも目を凝らすと「小さなセピア色の細片」が見つかるという。

 お盆行事もすんだ。孫達は大きくなり、こちらは歳を重ねて、こういう行事はもう何回できるかなあということになってきた。

 今日は敗戦日。わが齢と同じく七十七回忌。正午揃って黙祷をする。毎年八月には「戦争もの」を読むことにしているので、次は大田洋子『屍の街』を読もうと思う。

 

 

 

          新聞にはけふも戦争敗戦日

 

 

 

 

 にちにちそう