『すべての月、すべての年』 ルシア・ベルリン著 岸本佐知子

 『掃除婦ための手引書』につづくルシア・ベルリンの短編集である。訳も前書同様に岸本佐知子さん。

 確かに面白いのだが、半分ほどで疲れた。筆者の分身らしき語り手や主人公に何か思い入れがあるわけではない。およそ共感も想像もできぬ世界である。では、何が読ませるのか。それは、畳み掛けるような文章力だと思う。少しも無駄のない、時には省略しすぎだと思うほど緊張した筆致。これしか考えられない。

 残り半分は少し間をおいて読もう。返却するまでの時間があればの話しだが。

  夕方、縁側でぼんやりしていたら、かさこそとしたかすかな音に気づいた。音の主は、蝉の子。空蝉でなくて動いているのは、初めて。よたよたと覚束ない。風が来て転がり、上っていた石から落ちる。気を取り直し上り、また歩く。草や塵がじゃまをする。七年も土の中で暮らしてやっと出てきた身には厳しい地上に違いない。ようやく竜の髭のもじゃもじゃの中に入っていったが、羽化に頼れるものは見つかったかしらん。

 

 

 

 

 

       ころがりて落ちて蝉の子進みをり

 

 

 

 

 

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