囀り

『老いのゆくえ』 黒井 千次著

 入浴時膝にくろにえ(岐阜弁で青あざをいう)を見つけた。土曜日に室内の段差で転んだせいだ。まだ薄暗い早朝、ゴミ出しの用意をしようと、電気もつけずにばたばたした。後で思えばスリッパもいいかげんにつっかけただけだった。くろにえ程度ですんだからいいもののトシヨリに転倒はダメだと思っていたのに、甘い。

 この本にも転んだ話や身体のバランスが悪くなった話が、何回もでてくる。しゃがんで腰が伸びなくなった話や、小さなものが指先から落下する話もある。筆者八十五歳、こちらはまだまだそこまではと思っても、似たようなことはある。明日は我が身かと思いながら読んだ。

 いつも難しいことを書かれている柄谷行人さんが、書評で「本書に書かれているのはまさに『老いていく自分』だけである。しかし、私はこの地味なエッセイに感銘をうけた。」と書いておられる。多分、柄谷さん自身も思い当たる体験がお有りだからに違いない。

 同時代の他人の歳が気になるのは、「自分の年齢にリアリティーがない」からだという。他者の歳を見て、七十代後半はあんなものかと思ってみても「他人は他人である。」「自らにふさわしい老い方をするより他にないのではないか。」と筆者は語る。

 確かに老い方には手本がない。理想的だと思っても、身体が付いていかぬ事情もある。私は私の老いを静かにたじろがず、時には笑いで受け止めていくしかないのかなと思う。

 

 

 

     風浴びるとき囀りも浴びにけり

 

 

 

 

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ラナンキュラス