鰯雲

芭蕉紀行文集』  中村 俊定校注

 図書館が閉館している間に、読み通した覚えのない本でもせめて目を通そうと、古めかしい本を出してくる。何と二冊もあり。一冊はTの買い求めたもので一冊は自分が買ったものらしい。

 さてこれらの紀行文は『奥の細道』と異なり、必ずしも芭蕉が意図して書いたものではなく、「旅の所々の小記の草稿を編集したもの」で、編集者自身も芭蕉本人ではないらしい。しかし、芭蕉の人生観や芸術観は書き表されており、収録された発句にも人口に膾炙された名句が多い。

 これらの紀行文と『奥の細道』を合わせると、芭蕉は岐阜には四度訪れたようだ。(大垣を含めて)鵜飼を詠んだ句などは有名であるし、この本にも「十八楼ノ記」という文章も入っている。

 実はここで書こうとしたのはそんなことではない。更科紀行では岐阜より中山道を経て更科姨捨山を目指した。当地各務野を通ったのは紛れもない事実であろう。中山道鵜沼宿には「ふぐ汁も喰えば喰せよ菊の酒」という句碑もある。脇本陣の坂井家を訪れた時の句だという。が、おかしい。更科紀行の出立は8月11日(旧暦)なので季節的には問題はないが、海に遠い当地でふぐ汁とはいかに。気になり山本健吉芭蕉全発句』で調べる。この本はすごい本で上句でも中句でも下句でも引ける索引があるのだが、この句の一片だに出てこなかった。昔のものと思われる古い句碑(芭蕉自らが刻んだという)も立っているので、誰か別人の句が伝説的に紛れ込んだのではないか。故郷の歴史を潰すようなことをと叱られるかもしれぬので、あくまでも自分の感想である。

 芭蕉はさすがに心惹かれる句が多いが、駄句も多い。そう思って何となく嬉しかった。

 

 

 

 

         呆けたる妻を愛しむ鰯雲

 

 

 

 

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友禅菊