秋の声

『遠き山に日は落ちて』 佐伯 一麦著

 また佐伯さんの私小説を読んでいる。時系列でいえば、これは先の本『還れぬ家』より前の話で、斎木(語り手)は最初の妻との間に三人の児を成したが、感情的に折り合わぬものがあって別れている。今一緒に暮らしているのは草木染めを天職とする女性で、二人が事実婚であるのか、戸籍上も夫婦であるのか、そこのところは判然としない。斎木が別れた妻子のために建てた家のローンや養育費を払い続けねばならぬことや、喘息やら鬱やらの病気持ちであることを納得して、一緒に暮らしている女性である。山懐の古びた小家を借りて、二人で工夫し改良もし、地域に溶け込んで、馴染んでいく様子が季節の移ろいとともに描かれている。

 先の本でも思ったが、連れ合いの彼女が明るくたくましい。副業に家庭教師をし、草木染めの作品は展示会もすれば、販売もする。富裕ではないかもしれぬが、心豊かで平穏な日常の幸福感がしみじみと伝わる。

 この作品は「木山捷平文学賞」を受けているが、まさにふさわしい話かもしれない。

 

あっという間に彼岸花もあせてきて、昼間はまだ暑いが朝夕はめっきり気持ちよくなった。昨日は「立待ち月」。中秋の名月の日は残念ながら雨だったが、昨日はよく晴れて美しかった。南の空に木星が煌々と輝き、隣に土星がほんのりと光っていた。

 

 

 

 

     文(ふみ)書かな雲の果てより秋の声

 

 

 

 

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