思い出

 本箱の掃除をしていて古い本を二冊出してきた。何度か捨てようと思っても捨てられない二冊。『二年生の童話』は昭和28年の出版。ちょうど二年生の時の購入らしく、父の字で住所と名前が書かれている。前書きに、「敗戦国の日本をりっぱに再建するために、・・・子どもたちの人間としての美しい心を養い、人間としての完全なしあげをしなければならない」と,うたっている。

 実はこの本を捨てられないのは、ひとつわけがある。昔、つまり小学生当時、いくつかの小学校の代表が集まって「童話会」のような催しがあった。童話を暗記して語り聞かせるのである。ある年の代表になって、この本の中から選んだ話をしたのだ。どれを選んだのかすっかり忘れていたが、読み返すと先生の字らしきもので注意書きのある作品が二つあった。「まいごの子ぶた」(奈街三郎)と、「においのくにへひかりのくにへ」(島崎藤村)である。先生の鉛筆書きは(おおきいこえで)とか(あいだをあける)とか(ゆっくり)とか細かい指示だ。ほかの学校の代表がうまいなあと思った覚えがあるが、自分は緊張してあまり上手く出来なかったような記憶だ。それより付随したもうひとつの思い出の方が大きい。

 それは当日滑り台でスカートを破いてしまったことである。母の手づくりで、多分発表会用にいつもよりおしゃれなものを着ていたはずだ。滑り台に引っかかって破けた由を先生に言うと、家に帰って着替えてくるように言われた。学校から家まで往復四キロはある。今ならとんでもない指示というべきであろう。勉強時間なのに走って帰って着替えた。藪に囲まれた坂道の様子とともに思い出される。

 もう一冊の漫画本は買った覚えがないなあと思いながら、表紙を繰ったら近くの男の子の名前が書いてあった。借りっぱなしだったのだ、彼もすっかり爺さんだが今頃返却に行ったらどう言うだろうか。時効にしてねと返却にいってみるか。

 

 

 

 

 

         まだ生きてゐる蝉アスファルト

 

 

 

 

 

 

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