枇杷熟るる

『道』 吉野 せい著

 図書館の閉架から引きずり出してもらった古びた一冊である。吉野さんの本はあの『洟をたらした神』とこれしかない。内容は表題にもなっている「道」と自伝的メルヘンともいうべき「白頭物語」、後は短いエッセイ数篇である。「白頭物語」はすでにアンソロジーで読んだので、ここで読み応えのあったのは「道」。

 若い頃に出会った求道者ともいうかひたむきに生きて亡くなった若い僧についての思い出である。この人らしいきりきりした筆致で、半世紀以上昔の話を眼前のごとく書いておられる。哀しいが、いい話でもある。背筋が伸びた彼女の生き方が、若い頃から不変のものであったことがよくわかる。

 数本のエッセイは旅行記というようなもの。最晩年に訪れた家族との平穏な日常が垣間見えて、それはそれでよい。そう言えば、最晩年には「大宅壮一ノンフィクション賞」の賞品でヨーロッパ旅行もされたと年譜にあった。まあ、晩年になっての初の外国旅行は相当疲れられたようだが。

 自粛自粛でどこへも出かけられないが、トシヨリになったせいかさほど閉塞感も感じずに暮らしている。こうしている間にどんどん出不精になっていくほうが、むしろ怖いかもしれない。

 

 

 

 

 

        犬抱きて歩く女や枇杷熟るる

 

 

 

 

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