敗戦忌

『今日われ生きてあり』 神坂 次郎著

 知覧の「特攻記念館」を訪ねたのは2012年の春であった。南鹿児島を観光するのがもともとの目的だったのだが、近くまで出かけて「知覧」を素通りするのもと訪問したのだ。が、館内のおびただしい数の遺書や遺影を見回るうちに、何とも辛い気持ちにさせられて早々に外に出て、観音堂で祈り復元された三角兵舎を見学した覚えがある。その特攻観音像の体内には、陸軍の特攻攻撃で亡くなった1016柱もの名前が記された巻紙が収められているということだが、いずれも二十歳前後の未来のある若者ばかりの悲しい記録である。

 この本はそのうちの何人かの遺書や遺族、関係者への聞き取りを集めたもので、涙なしには読めなかった。中には父母も亡くなり幼い妹だけを残していく話もあったし、新婚間もない妻や婚約者を残していく話も、優秀な兄弟四人がみな戦死する話もあった。みんな辛いなどとはおくびにも出さず従容として死んでいったのである。酷いのはすでに満足な機体すらなく故障による墜落や性能的に優位な敵機による撃墜で、実際に相手方への損傷はどれほどであったろうか。最終ページに米軍資料による「米駆逐艦に対する特攻攻撃状況図」が掲載されているが、これによっても21機中敵艦に突入したのはわずかに5機だ。

 先週の新聞に「『特攻』を生んだ思想とは」という記事があった。「絶対的な国力で欧米諸国に劣る日本が、それでも勝利するためにはどうするか。」その結果「極端な精神主義片山杜秀氏)にたどり着いた。」とあった。同紙面によれば、陸海軍の航空特攻による死者は約4000人、命中率は11・6%(元防衛庁研究所主任研究官)だとする。この記事へのコメントで作家の鴻池尚史さんは、若者を特攻へと駆り立てた「同調圧力」は今も根強いと警鐘を鳴らす。そして「『これが好きだ』という根源的な感情へのこだわり。それこそが、個人が世間の同調圧力と戦い、生き延びる拠点になる」と述べている。そういえばこの本にも「人それぞれに本分がある。いたずらに軍人にあこがれのはよくない」と言われて詩人として生涯を送った人が、残った遺族の世話を最後までみたという話もあった。

 

 

 

 

        不自由に不自由思う終戦

 

 

 

 

今日われ生きてあり (新潮文庫)

今日われ生きてあり (新潮文庫)

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