梅雨晴間

『人間晩年図巻  1990〜94年』 関川 夏央著

 前回書いた本に先立つ一冊である。「あとがき」で山田風太郎さんの『人間臨終図巻』の衣鉢を継ぐ旨が触れられている。

 1990年(平成二年)はバブル経済が崩壊、東西ドイツが統一した年である。その翌年は湾岸戦争雲仙普賢岳火砕流ソ連邦消滅。92年から93年にかけては新党の結成が相次ぎ非自民の連立内閣(細川内閣)誕生、この後羽田、村山内閣と連立政権は続く。経済的には不況で今も禍根の残る就職氷河期でもあったし、94年は松本サリン事件。

 この間の物故者として取り上げられたのは36人、長く書かれた人もあれば短くまとめられた人もある。一番長かったのは山本七平氏、その後大山康晴氏、ハナ肇氏、乙羽信子幸田文氏と続く。どの人も著者の好きな人なのだろうか好意的である。

 昔、山本七平氏の『日本人とユダヤ人』を読んだ覚えがある。詳しい中身はすっかり忘れたが斬新な切口に驚いて読んだことや、著者のイザヤ・ペンダサンが一体誰なのか様々な憶測が飛び交って多分山本氏本人だろうということになったのも覚えている。今回かの人がかなり敬虔なキリスト教徒であることやマニラ戦線の地獄からの生還者であることは初めて知った。戦争の真実について発言されつづけたのもそのような背景があったようだ。晩年に至るまで戦地から持ち帰った病の後遺症に苦しまれたという。

 大山・ハナ・乙羽・幸田各氏は享年の早い遅いはあるがみな晩年まで充実した人生でありお幸せであったのではないか。

 この本では奇人・変人の部類の人も悲惨な最期であった人も取り上げられているがそれは興味のある人は自分で読んでもらったほうがいい。

 一人の記録を読むたびにその生年と自分の生年を比較し享年と自分の歳を想い、その生きた時代を顧みる。近頃は著者の来歴を見ても同じである。今日の新聞の読書欄に福岡伸一氏のこんな言葉があった。

「・・・私たち自身にもそれほど長い時間は残されていない。片付けるものを片付け、わだかまっていたことを整理し、不可解な記憶を捨て去るのではなく、その意味と静かに向き合うべき時が来ているのだ。」

 ここに出てきた人々は「私たちの同時代人だ。その晩年史を描くことは現代史を書くことにもなる」と筆者も書いている。その時代を私はどう生きたか、それがこの本を読む興味の一つかもしれない。

 

 

 

 

        闊歩する鴉と野良や梅雨晴間

 

 

 

 

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人間晩年図巻 1990-94年

人間晩年図巻 1990-94年