『こないだ』 山田 稔著
山田さんの本が好きだ。今回の入院でも真っ先に購入した一冊だ。好きだと言っても特別にお人柄を存じて上げているわけではない。山田さんのしみじみした思い出語りが心に沁みるゆえかもしれない。この本でもすでに冥界に入られたお知り合いの話がいくつか含まれている。
中でも鶴見俊輔さんに「褒められて」という一章。鶴見さんと山田さんは親しい間柄で、山田さんは上梓するたびに鶴見さんに贈呈されていたらしい。すると鶴見さんからはすぐに葉書一枚、時には二枚の返事あって、それはいつも文章の旨さを褒める内容であったらしい。
「無用な力みがなく肩の力がぬけている、美文を書かない。」
「ピッチャーが速球をほうって、ストライク!という感じがない。」
というような褒め方だったらしいが、なるほどと納得した。当方が山田さんの本が好きというのもこの点であるかもしれない。読んでいてすっうと胸に落ちるのだ。
山田さんも随分ご高齢になられてこれからどれだけ読まさせていただけるかわからない。すでに歯切れのよい文章が好きだった池内さんは鬼籍に入られた。
入院中に庭のふきのとうがすっかり伸びてしまった。残り少ない蕾を夫が摘んできてくれ「蕗味噌」にする。春の香り。
国盗りの城の見下す春の虹
病室の窓から真正面に稲葉山城(岐阜城)が見えた。ある朝、城の下に見事な虹。一人で見るにはもったいないような見事さであった。