金木犀

『パンと野いちご』 山崎 佳代子著

 副題に「戦火のセルビア、食物の記憶」とある。その名のとおりセルビアの内戦で難民とならざるをえなかった人々が苦しかった状況の中で日々何を食べてをのりこえてきたかということへの聞き書きである。恥ずかしいことだが私は山崎さんの本に出会うまで、バルカン半島の内戦については全くの無知であった。

 バルカン半島は古代から文明の交叉路ともいうべき地でそれゆえに人種の坩堝でもあり、セルビア人・クロアチア人・ムスリム人・アルバニア人などの人々が混在して国家をなしていたのが旧ユーゴスラビアであった。それが社会主義国家の解体と共にそれぞれの民族の独立志向と相まって激しい内紛に発展していった。1990年代のことでそれほど昔ではない。

 ここで取り上げられているのは主にボスニア・ヘルツェゴビナ紛争とコソボ紛争で、それもセルビア側からの話である。NATOによる空爆やらセルビア側によるジェノサイドなど酷い出来事は色々あったようだがここでは普通の人々が戦火を逃れて難民となり転々とする話である。着の身着のままで逃げるのであるから食料などは多くは持ち出せず日本でいう炊き出しのようなものに世話になったり難民支援などの施しに頼ったりしかない。頼っていった親しい人の家で暖かい料理を出されて感激する話がある。子供に食べさせる物がなくて途方に暮れる話もある。昨日のテレビでもトルコの攻撃から逃れて難民となるクルド人の女性や子供たちを写していたが、同じ悲しみがまたくり返されている。

 料理としては豆のスープがよく出てくる。それからパブリカの肉詰め。どうやらこの地方はパブリカが豊富らしい。調味料にもパプリカだ。

「なぜ私はこんな状況のときに、市場にいつも通っていたかというとね、それは料理をするということは、家族がみんな仲良しだという感じを生み出してくれるからなの。料理をするということは、家族を集めるということなの。こうした状況のなかで、正常な気持ちを生み出してくれる、それは異常なことが起こっていることに対する抵抗でもあるのよ。」クロアチアからコソボから二度も難民になった女性の言葉である。女にとって家族に何をどう食べさせるのかはどんな時でも最大の関心事なのだ。

 さてこの本は今年の紫式部文学賞を受賞した。この賞は女性の文学者を対象とした賞でいつもいい作品が選ばれていると思う。

まだ読了したわけではないのでもう少し続きを読みたいと思う。

 

 

 

 

        降り立てば金木犀に迎へられ

 

 

 

 

 どこららともなく金木犀が香りだした。日記を見れば例年より一週間は遅い。

 

パンと野いちご: 戦下のセルビア、食物の記憶

パンと野いちご: 戦下のセルビア、食物の記憶