『神戸・続神戸』 西東 三鬼著
書下ろしが昭和29年から昭和34年とあるから随分古いものである。今になってなぜ出されたのかその辺りの事情はわからないがその価値は十分あるほど面白い。何が面白いかといってひとつには三鬼の無頼ともいっていい生き方、おどけたような自嘲的筆致で紹介されるいくつかの出来事や隣人たちのことだ。
三鬼は京大俳句事件に絡んで検挙された後、戦中の昭和42年から終戦を挟んで14年間神戸で暮らしたわけだがこの時の体験を書いたのがこの本である。「神戸」が戦時中の話で「続神戸」が戦後の話であるが戦時下にもかかわらず前半の話が圧倒的に面白かった。
彼が暮らしたのは「戦時とも思えない神戸のコスモポリタンが沈殿しているホテル」で同宿者といえば日本人男性は彼と老医師だけ。ホラ吹き男爵のエジプト人エルバ氏、比類なき掃除好きの台湾青年基隆(キールン)氏、熱心なお大師さま信者の広東人王(ワン)氏などに加えて三鬼が勝手に庇護者を任じている元娼婦の波子さん、何人かのバーのマダムなどなど登場者は誰も誰も型破りな人々だ。わけても飢えが恒常的であった時代に己の才覚だけで何とか食べていこうとする女たちの気概はすざましい。
いずれも哀しくも愛すべき戦時下のたくましい庶民の姿であっただけに、この内の多くは戦争でなくなったり行方知れずになってしまったというのは面白いだけには終わらない深い悲しみがつきまとう。
「彼等や彼女らは戦時色というエタイの知れない暴力に最後まで抵抗した」
彼等を心中愛していた三鬼の言葉である。
読了後三鬼の句集を繰ってみたのだが何句か当時を詠んだに違いない(あくまで想像だが)と思う句を見つけたのでここに引きたい。
厖大なる王氏の昼寝端午の日
恋猫と語る女は憎むべし
露人ワシコフ叫びて石榴撃ち落す
犬を呼ぶ女の口笛雪降り出す
ところで三鬼といえば新興俳句運動の第一人者で俳句は前衛的と思っていたが意外なことに戦後は『天狼』の編集者だったのだ。本の中でも戦時中の誓子の句作に感動して戦前のものとは違った俳句詠みに邁進しだす様子が語られている。
享年62歳、早い死であった。
小魚のしきりに踊る秋の暮
- 作者: 西東三鬼
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2019/06/26
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秋の七草のひとつの藤袴。昨日園芸店で求めてきた。来春に備え、チューリップとフリージャの植え付けもすんだ。