花芒

『小さな町』  小山 清著

 小山が生涯に書いたものは五十編弱でそのほとんどが短篇だという。この本に収録されたのは十編。彼自身の短いあとがきによれば、戦争中東京の下町で新聞配達をしたことや、戦後北海道の夕張炭鉱で炭鉱夫したことに取材した作品群ということになる。

 なかでも「離合」はもっとも初期の作品でやや長い。太宰に認められたというもので「離合」という題名も太宰が付けたのだという。戦時中の話なのに戦時色はまったくない。新聞配達を身すぎにしている気はいいが煮え切らない男が行きつけの古本屋に同業の女性を紹介されてうだうだと思い悩む話である。

「僕と結婚してくれない?」彼の唐突な申し出に「結婚して、どうするの?」と聞きかえす女のほうが賢明で冷静である。

「よく考えた?」「ううん。」「あら、それぢゃ、ひどいぢゃないの。」「まじめにかんがえた?」「うん。」

 太宰がどんな点でこの作品を評価したのか不明だが、戦時色が濃くなる前のまだうすらぼんやりと明るい時代だったせいかもしれない。

 十編の内でしみじみと良かったのは「夕張の春」。私小説的色合いが濃い彼の作品の中ではこれはフィクションだと思われるが、無論主人公は作者自身の投影である。内地で身も心もすり減らして遥々遠い他国に渡り、安住の地を見出さんとする男の話である。

 「自分のようなものでもどうにかして生きていきたい。」そう思って踏み出していこうとする寡黙で孤独な男の前におとなしいがしっかりした気性をもった女性が現れる。いってみればおとなのメルヘンのような話だ。

 宜なるかな。実生活で彼が十四歳も年下の妻と結ばれた年の作品である。幸せの絶頂期。

 その後の運命の過酷さを知っているだけに作品に横溢する幸福感が心に残る。

 

 

 

 

           花芒海にそひゆく羽越線

 

 

 

 

小さな町 (大人の本棚)

小さな町 (大人の本棚)

 

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