蝸牛

『誘拐』 本田 靖春著

 Tが古本屋から仕入れてきた一冊で一時代前のドキュメンタリーの名作らしい。(文藝春秋読者賞講談社出版文化賞)若い人成らずとも今の人は知らないだろうが「吉展ちゃん」という名前を当方などはしっかり覚えている。昭和37年、先のオリンピックの前年というからまだ高校生だった頃の話だ。悲惨な幼児誘拐事件であった。犯人小原保は身代金を奪った挙句に幼児を殺害した。大まかな記憶はあるが詳しいことは知らなかったが、この本は、当時新聞記者だった筆者がその事件の詳細な顛末を記録したものである。

 読みながら永山(則夫)事件との類似性を思わずにはいられなかった。もちろん違うところは大きいのだが、高度成長期以前の日本の貧しさ(永山事件は昭和43年)、ことに二人に共通する生育期の極貧ともいえる家庭環境の厳しさと世間的差別、そして収監後文学を通して内省性を深めていったという点などである。永山の場合は小説であったが小原の場合は短歌であった。死刑までの間に詠まれたという378首の一部が紹介されているが、彼のなした行為とは別に、深く心に沁みるものがある。

晩成と言われし手相刑の死の

      近きに思ふ愚かさもあり

おびただしき煙は吐けどわが過去は

      焼きては呉れぬゴミ焼却炉

明日の死を前にひたすら打ちつづく

      鼓動を胸に聴きつつ眠る(辞世の一首)

 これは永山も同じであるが、「成育期の保に、もし、人並みの条件が与えられていたら、もっと違った人生がひらけていたのではなかったか。」とは、筆者の言葉である。

 

  犯罪者を容認するわけではないが、なるべくしてならざるをえないような哀しい話が今もあると、今朝の新聞を見てもつくづく思う。

 

 

 

 

        騒がしき世間は知らずかたつむり

 

 

 

 

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誘拐 (ちくま文庫)

誘拐 (ちくま文庫)