大寒

『小岩へ』   島尾 伸三著

 著者は島尾敏雄氏とミホさんの長男である。時には投げやりで自虐的とも思える文体からみると、よほどご本人には不本意な執筆らしい。書きたくもない両親のことを書けと言われれば、否が応でも幼年期の不安な気持ちを思い出さずにはいられず、その思いはわからないでもない。いつか『暮しの手帖』でみた少し気弱そうな面差しを思い出して、気の毒に思った。そして、著者の不愉快に付き合って読んでいると、この本を手にしたこちらの心根まで批判されているような気がして気が重くなった。実際長い「あとがき」で

どうせ不幸からの生還者のようなさらし者に過ぎないけれど・・・災難というには曖昧なこんな人生に他人が興味を持つなんて変だと思います。

 ここまで書かれると実際興味本位で手に取ったとしか思えぬ自分を恥じるしかない。だからもうこの不愉快なこの一家の一連の著作は手にしまいと決心をした。

 それにしても島尾夫妻の子育ては今で言えば虐待といわれてもしかたがないほどひどいものだったと思う。どんな立派な結果を生んだにしろ子どもたちにとっては取り返しのつかない子供時代であったのに。伸三氏の妹マヤに寄せる慈しみはマヤさんが一身に引き受けた負の結果を痛いほど感じるゆえにに違いない。

 

 さて、昨日、ビデオに録っておいた『二人の道行き「志村ふくみと石牟礼道子の沖宮」』を観る。石牟礼さんの新作能『沖宮』の能装束を志村さんが染め上げるという話で、前から石牟礼さんの著書などでも読んでいてどんな色なのか気になっていた。紅はベニバナから水縹色はクサギの実から染められたが、やっかいもんクサギが透明感のある水色を出すのには驚いた。『沖宮』という能の一部も紹介されていたが結局石牟礼さんは初演を観ることなく亡くなったのだ。初演の観客の独りにあの『苦海浄土』の「杢太郎少年」がおられて、言葉にはならない言葉で初演の感激を表しておられたのが心に響いたし、嬉しくもあった。「無垢の魂」と言われたとおり透明な美しい瞳をしておられた。

 

 

 

 

     大寒のひだまり猫の知るところ