山眠る

『雪の階』 奥泉 光著

 惹句にミステリーロマンとある。日中戦争開戦前夜を背景に、華族という特権階級に属する女性を主人公にした話である。時代がかった装飾過剰とも思える文体が昭和十年という雰囲気をよくだして歴史ロマンミステリーにふさわしい。「天皇機関説」も「2・26事件」もあのあたりの歴史には全く無知である身だが、なにやら騒然とし暗雲に覆われてくる世相、その行き着く先を知っているゆえそれだけで不気味だ。詳しい話はミステリーだから触れないが、霊感を持つと言われる主人公を利用する企てはあまりにも荒唐無稽でリアリティに欠ける。と、思ったのだが、案の定結末はやや尻切れトンボであった。なによりも諸悪の根源が生き延びたのは納得できない。また、トリックの方法としては、松本清張を思い浮かべたのは私だけではあるまい。

 さて、600ページ弱という長大な話を読んで充たされたかといえば、どうだろう。一時の宮部みゆきのミステリーのように社会の矛盾を告発するような鋭さはなかったから面白いが長かったというしかない。

 

 

 

 

     風の音鳥の声聞き山眠る

 

 

 

 

雪の階 (単行本)

雪の階 (単行本)