秋桜

出石城崎』  木山 捷平著

 山田稔さんの『あ・ぷろぽ』を読んでいたら名作再見なる話があって、結城信一の『黒い鳩』を取り上げておられた。その中で木山さんの『出石』についても触れられていて、ああこれはどこかにあったはずだとTの本棚から見つけてきての再読だ。

 どうやら『出石城崎』は『出石』の改訂版らしく初版の『出石』とどう違うのかはわからない。筆者とおぼしき青年が青春を感傷的に振り返る話である。

 出石は山陰本線の豊岡からいくらか入った古びた町である。今でこそそういう古色がもてはやされて観光客が押し寄せる町となったが青年が代用教員としで赴任した当時は若者にとっては退屈な町でしかなかった。一年間の教員時代、同じ代用教員というよしみで同僚の女性と親しい言葉をかわすようにいたるのだが、特別に慕情めいた気持ちがあったわけではない。

 進学で上京して十年という月日が流れて都会の喧騒に身を置けば、出石の静かな風景や因循ながら人懐かしい町の人が思い出された。しかし、帰省の折にかの地を再訪した筆者に町はすっかり見知らぬ顔にかわっていた。

 逃げるようにして降り立った城崎から「ひょっとしたらー」という思いでかっての勤務校に電話を入れた筆者。翌日懐かしい同僚女性が訪ねてくれた。今は人妻の彼女だが、昔の気軽さそのままで昔ばなしに花を咲かせて彼女はまた去っていった。

 ・・・僕は一人になった自分をはっきりと意識した。「竹野というのは彼女のどんな親類なのだろう」そんな疑問が湧いて来た。「彼女の夫の里なのだろうか」自問自答しながら歩いていると、何だか彼女は僕の青春をさらって竹野の方へ逃げて行くように思われ、一脈のさびしさがじりじりと胸に押し寄せて来た。

 この後、筆者は温泉の外湯の一番上等の「特等湯」に浸る決心をする。貸し切り夫婦湯ともおぼしき湯にひとり身を委ねて、そして、青春の甘美さにわかれを告げるのである。

 この話は再読だがそれを忘れてしみじみと読んだ。

   だれにとっても若かった日の懐かしい場所はそこでの思い出とともにもう記憶の中にしかないのだ。

 

 

 

 

     少女らの長き手足や秋桜

 

 

 

 

氏神さま・春雨・耳学問 (講談社文芸文庫)

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