名月

『語る兜太』   金子 兜太・黒田杏子聞き手

 分厚い本である。独白部分は全編黒田さんが聞き手のようだが、聞き手を意識させないひとり語りの形式に徹している。

 副題に「わが俳句人生」とあるようにその人生が産土の秩父の記憶から始まり、俳句を始めた学生時代・トラック島での従軍体験・日銀への就職と不遇、前衛俳句運動・退職後の俳句専念の日々と、時代時代に出会った人々との思い出も加えて語られている。それにしても何と豊穣な出会いであろうか。長きに渡って戦後俳句の中心を歩いてこられたから当然といえば当然なのだが綺羅星のごとくに挙げられた今は亡き俳人名を読みついでいると、逆に今の俳句界の寂しさのようなものも感じる。兜太さん亡き後、大御所としては今は誰がおられるであろうか。まあわたしなんぞにそんな偉そうなことをいう資格はないのであるが、先達の龍太先生に師事した熱い体験などを聞くと遅れたという想いは捨てられない。龍太先生と言えば、ここではとことん合わなかったライバルとして語られているが、硬骨漢としての龍太さんの面目躍如たるところが伺われ、実に面白い。

 巻末に自薦百句が挙げられている。「形式よりは自己表現・土着的・生き物感覚」という惹句にふさわしい句の中から好きな句をいくつか挙げれば

  曼珠沙華どれも腹出し秩父の子

  水脈の果て炎天の墓碑を置きて去る

  暗闇の下山くちびるをぶ厚くし

  朝はじまる海に突込む鷗の死

  銀行員ら朝より蛍光す烏賊のごとく

  湾曲し火傷し爆心地のマラソン

  人体冷えて東北白い花盛り

  谷に鯉もみ合う夜の歓喜かな

  猪が来て空気を食べる春の峠

  よく眠る夢の枯野が青むまで

 

 兜太さんと言えば「立禅」である。その方法についても詳しく語っておられる。かって親交のあった故人の名前、大体二百人ぐらいを毎日お経のように唱えるのだといわれる。紙に記録されているわけでなく記憶だけだというから凄い。「立禅」をすると疲れがとれて非常に心身が軽くなると言われるから「瞑想」に近いものかなと思う。

 「死なないような気がする」と言われた兜太さんも亡くなった。朝日俳壇に一回ぐらい取って頂ける句が出せると良かった。以前雑誌に発表した自作句と季語が違うだけの句を兜太さんの選んだ句に見出した記憶がある。当方の季語は「柚子の花」だったが選ばれた句は「寒卵」であった。季語の甘さを思い知らされた記憶だ。

 

 

 

 

     名月や出ていますよと老いふたり

  

 

 

 

 

語る 兜太――わが俳句人生

語る 兜太――わが俳句人生

 

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