冬銀河

「静かな水」  正木ゆう子著

 正木ゆう子さんの第三句集である。平成六年から平成十四年までの296句を収録とある。今は第五句集が話題になっているようだから少し古い。正直に言えば本屋で句集を購入したというのは数えるほどしかない。結社にいたころは買わされたり寄贈されたりがほとんどで、結社を離れてからは個人句集を読むということはなかった。だからこれもたまたま図書館で見つけたものである。正木さんといえば実力者のひとりで、正木さんの書き下ろされた「現代秀句」はちゃんとお金を払って買ったし今も愛読もしている。さて、久しぶりの句集の読後感である。

 自分の感性の鈍さを棚に上げてあえて選べばれば心に響いてノートに書き写したのは50句ほど。感性に訴える水や月を対象にした幻想的な作品が目立つ。

 水の地球すこしはなれて春の月

 春の月水の音して上りけり

巻頭と巻末に置かれた呼応するような印象的な二句である。想像の世界だと思うが美しい世界である。こういう句の一方に素直に自然や日常を称美したものもあり、わかりやすく共感できる。

 揚雲雀空のまん中ここよここよ

 鼓虫(まいまい)や水凹むこといそがしく

 天井にある水かげも鮎の味

 撒水車去りしんかんと紺屋町

 熊笹にあかりのおよぶ歌留多かな

真面目な人で諧謔性は乏しく、人事を詠んだものも少ない。ただ静かな自照の眼差しはあちこちに。

 ものさしは新聞の下はるのくれ

 しずかなる水は沈みて夏の暮

 空はけふゆくところなし綿虫も

 やがてわが真中を通る雪解川

そしてなんといってもこの句集で心に残ったのは次の句ら。

 四国上空雲をゆたかに空海

 地下鉄にかすかな峠ありて夏至

 いま遠き星の爆発しづり雪

 魂魄も卵白も泡立てて春

この世ならず宇宙や宇宙の運行にまで目を向けたスケールの大きさというか、取り合わせの意外さというか真似の出来ない凄さだと思う。

久しぶりにじっくり俳句に向きあわせてもらった。

 

 

 

 

     冬銀河詩人はいつも空仰ぎ

 

 

 

 

静かな水―正木ゆう子句集

静かな水―正木ゆう子句集