落椿

切腹考」 伊藤 比呂美著
 以前Tが伊藤比呂美さんのことを好意的に「あの人は野蛮人やな」といった時、いまいち納得できなかったのだが、「はあ、こういうことか」と了解した本。先ごろの朝日新聞のインタビューで今までも「自らを作品に投じてきたが、今回は『バケツをひっくり返すみたいにドバッシャッと入れた』と強調されている。確かに爆発する興味の流れ出すままに話はあっちに飛びこっちに跳び、筆致は高速で走る。一貫しているのは鴎外への関心で鴎外の文体を羨み、鴎外に憧れ、鴎外の書く女性像に嫉妬すらしかねず。鍛錬の実体にも触れたいと刀剣研究会やら手裏剣・居合・乗馬・ズンバ(踊るエクササイズらしい)とめまぐるしく行動。鴎外の「阿部一族」から切腹の考察と切腹を見た体験まで。さらに鴎外と格闘しながら夫の最期を看取り、熊本地震を憂い(熊本は日本での拠点)、異文化との摩擦に苛立ちとまさにドバッドバッと投げ入れた中身は重たい。

 先の記事で、伊藤さんは「自分のことを書くことで人の苦を消せるスキルを身につけた」と答えているが、確かにそういうところがあるように思う。久しぶりに一気に読んだ本だった。

 瀬戸の定光寺尾張徳川家菩提寺で、初代藩主義直公に殉じて切腹した人のお墓がある。死後も藩屏として侍ることが名誉だったのかなあ。





     落椿殉死者の墓並びけり
 




切腹考

切腹考