夏負け

「鴎外の坂」 森 まゆみ著

 大変な労作である。著者は鴎外亭から徒歩で十五分ほどの近くに生まれ、同姓でもある鴎外に非常に関心をもったと書いている。足跡を追うように「鴎外の暮らした東京の土地の一つ一つを自分でたどりなおして」土地土地にまつわる作品やともに暮らした家族との関係から、鴎外の生涯を見つめなおした。その結果、鴎外は「微笑の人」であると筆者は言う。母には孝行息子であり、妹弟には思いやりのある兄であり、子供には甘いほどの父親であり、妻には優しい夫であった鴎外。しかし、例外はある。最初の妻となった人である。「舞姫」のモデルと言われるエリスも栄達のためには切り捨てられた。この本では妻にはなれなかった愛人の存在にも触れている。「微笑の人」と言っても堅牢な結束の森家の人々に対してであり、複雑ではある。また、鴎外は「克己心」の人であったとも言う。軍医として二度の戦争にも従軍した。寸暇を惜しんで書見し著述し仲間との雑誌の出版もし、精力的に意志的に生きた人でもあった。

 膨大な資料の読み込みと地図を片手の詳細な過去の探索が、鴎外の人となりを彷彿と蘇らしてくれた。が、力作だけに読むのに疲れた。 鴎外に恋していると言っていたのは伊藤比呂美さんだが、鴎外と漱石、二人の大文豪をならベれば、当方は漱石のほうが親しみがもてるかなと、この力作に対して程度の低い感想である。

 

 

 

 

     夏負けの貌ありありと美容室

 

 

 

 

鴎外の坂

鴎外の坂