蟻の列

会津物語」 赤坂 憲雄+会津学研究会編著
 会津学研究会とは民俗学者の赤坂さんの呼びかけで誕生した市井の人々の学びの場である。「遠野物語」や「老媼茶話」ー会津地方の奇談集ーに影響を受けたこの会のメンバーたちが、会津各地の不思議な話を採録したのが、この物語の始まりらしい。東日本大震災後の福島県民の心に寄り添うようにその年の八月から約一年間新聞に連載されたということだ。この本には百編が集録されているが、いずれにも語り部の名前と生年、住所が記録され、単なる空想話ではなく、事実譚であることを強調している。いずれも不思議な話が多いが、こういう恐ろしいような懐かしいような話は今に消えていくにちがいなく、貴重な一冊になることだろう。
 ところで、わたしが体験した不思議な話である。二十年ばかり前、家族旅行で松江に行った。泊まったのはは宍道湖湖畔の宿の高階であった。夜中に「おーい、おーい」としきりに呼ぶ男の声で目が覚めた。布団の中で聞き耳を立てていると宿の真下ではないが下の方から呼んでいる。いつまでも呼んでいるので気になって起きだし、窓を開けて外を見た。真っ暗な湖面と街灯に照らされた湖畔道路が目に入っただけで人っ子一人いない。いつのまにか呼び声もしない。夢でもみたのかと布団に入ったのだが、うとうとするとまた「おーい、おーい」で起こされた。翌朝、前夜の話をすると男たちはそんなことは知らなかったとのこと。ところが娘は同じ呼び声を聞いたというのだ。あれはいったい何だったのか。秘かに宍道湖の海坊主に誘われたのではないかと、思ったりもしたのだが。



     それぞれに強き意志あり蟻の列


会津物語

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