春の空

『ウィーン近郊』  黒川 創著

 朝日新聞の書評欄のインタビュー記事(2021・3・27)で、著者はこれは「私小説ではない」と断わっている。「こういうことだったのかと、わかるためにかいている。」「『自分が経験した全体像』を表現しようとした。」とも語っている。その記事によれば、著者の弟さんも一昨年にウィーンで自死されたという事情があり、いずれにしても著者の個人的体験が色濃く反映されたものだに違いない。

 ウィーンで自死を選んだ優介は奈緒のたったひとりの肉親だ。帰国するはずだった兄が帰国せず、もたらされた知らせは兄の自死だった。話は奈緒がウィーンに出向いたところから始まる。

 昔から重いアトピーを患っていた兄は、生きるのに不器用なまま日本を脱出、ウィーンで四分の一世紀近くを暮らしていた。その間には親とも同伴者とも思われる女性との平穏な日々もあったようだが、すべては女性の死によって終わったらしい。

 異邦人として異国にも馴染めず、帰国して生きることにも不安を抱いて結局兄が選んだのは「死」。

 「ーさみしかったよね。私たち、それぞれ。もう、いい。おにいちゃん、ありがとう」

 奈緒はただ一人の血のよすがも失った。奈緒に残されたのは特別養子縁組で親子となった幼な児の洋だけである。

 

 ブログを拝見しているこはるさんが、「小説は情緒が揺さぶられる」から苦手だということをおっしゃっていたが、同感であると言いつつまた、読んでしまった。

 昨日は終日雨で、高校時代以来の旧友と長い電話をした。近況やら、共通の知り合いのことやら、残りの人生のことやら、想い出話やら。

 今日上げた句は、「高校やら大学時代を思い出すと青空が開けたような明るい気分になる」というようなことを言った彼女の言葉に触発された一句。

 

 

 

 

        思い出ははるかに青し春の空

 

 

 

 

ウィーン近郊

ウィーン近郊

  • 作者:黒川 創
  • 発売日: 2021/02/25
  • メディア: 単行本