初雪

『白桃』  野呂 邦暢著

 野呂邦暢の短篇選集である。野呂さんの小説は『落城記』と『諫早菖蒲日記』を読んだ覚えがあるが、詳細は忘れてしまった。野呂さんにはコアなファンがあると聞いていたので、今回Tの本の中から見つけた機会に読むことにした。自衛官の経験があり、地方中心に活動され、早くに亡くなられたという特異な経歴のもちぬしである。

 実は最初に手にしたのは随筆選『夕暮の緑の光』だったのだが、あまりに短篇ばかりだったので、後回しにさせてもらった。その随筆のなかで野呂さんは文体についてこんなことを書いておられる。

 「平易な語り口というのは難解な文章の反対なことではない。はなしことばを多く使うことでもない。平明な語りが散文として体をなすには、作者の胸の裡に何か熱いものが蔵されていなければ意味がない」と。

 『白桃』のなかにある長崎原爆を描いた「藁と火」は、まさにその信念を具現する作品と思った。おそらくこれは長崎出身の筆者の体験そのものにちがいなく、原爆が落ちたその日を近接する町にに住む少年の目を通して描いている。連ねられる一文一文が実に短く、それゆえに緊迫した臨場感がある。長崎出身者として原爆をテーマにした長編を構想しながら早世した彼の「唯一の原爆を描いた作品」らしい。短いが力作というしかない。

 『白桃』には他にもなん作品か入っているが(実はまだ読んでないのもある)最後の「花火」は『諫早菖蒲日記』を思い出させるものがあると思ったら、その後日譚であると「あとがき」にあった。これはこれでいい話であった。

 42歳といういかにも若い死を不思議に思い、調べたら自裁というではないか。痛ましいことだ。

 

 各地に大雪をもたらした寒波で、当地も初雪となった。報道では5センチほどの積雪らしい。雪もさることながら寒さがこたえる。老夫婦で「寒い寒い」と嘆いている。

 

 

 

 

         初雪や無残に折れし名残花

 

 

 

 

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白桃―― 野呂邦暢短篇選 (大人の本棚)

白桃―― 野呂邦暢短篇選 (大人の本棚)