『無私の感触』 岡松 和夫著
オカタケさんのブログで知るまで、全く未知の作家であった。それほど古い本とは思われないのだが図書館では閉架に収納されていた。芥川賞・新田次郎賞・木山捷平賞の受賞歴もある。この本もいい話だった。何よりも読後感が爽やかだ。
敗戦間もない頃の一学生青柳志郎の話。巷はまだまだ戦禍の跡も生々しく学生の中には父母を戦争で失った者も多い。米軍の占領下であり、朝鮮戦争が起こり日本で物品の補充や兵器の修理がおこなわれている。大学の自治会ではそういうことに反対のビラを撒き、「占領目的阻害行為」で逮捕される者もでてくる。志郎もビラ撒きを手伝ったりする一人だが、メーデーで死者が出るに及んで考えに変化が出てくる。
「自分のような神経の脆弱な者が加わってゆく世界ではない」
とも思い、暫く大学を休んだりもする。だが
「文学者や哲学者は人を殺すことに加担しない。そういう根本原理を研究するために文学部はある。」
先輩のそういう言葉に励まされ勉学を続けるが、在学中の自治会活動が障害になり就職はうまくいかなかった。他の学科に再入学をした彼は、教師を目指しながら小説を書き始める。そして、初めての小説を読んでもらった知り合いのつてで女学校の講師になるところで、この話は終わる。
九の小編からなる志郎の成長物語だが、どの章にも実に気持ちのいい善意の人が出てくる。悪辣な人間は一人もいない。誰もが深い戦争の傷を身の内に抱きながらも前向きである。志郎はそういう人達に感化されながら真っ正直に生きていこうとする。
何だろう。こういう美しい人間関係は時代のせいなんだろうか。それとも筆者自身の資質のせいなのか。ともかく気持ちのいい爽やかな読後感であった。
草刈や尻に付きたる椋鳥(むく)の群れ
まるで「笛吹の鼠男」みたい
フウラン