花菖蒲

『風と双眼鏡、膝掛け毛布』 梨木 香歩著

 急に暑くなり気持ちが萎える。リハビリと頑張って歩いていたがさすがに今日は歩く元気が出そうにない。

 月曜日から図書館が開館になり家人に頼んで借りてきてもらった本。前回読んだ本の梨木さんのイメージからは意外な感じを受ける話だ。というのも行動派には違いないが今回は国内の旅と、その折り折り耳にし目にした地名への考察である。「学問的考察はとても自分の任ではない」と断っておられるだけに、地名の由来は小耳に挟んだ謂れや推察でその辺りは物足りなく、土地土地でのエピソードも短いのでなかなか土地への想いが結びつかないところもある。

 しかし、心に残った土地もいくつかあったのでその内のいくつかを挙げると、まず「種差」である。種差海岸というのは青森県の太平洋側 の海岸。波打ち際近くに高山植物が咲く稀有な場所らしい。ニッコウキスゲツリガネニンジンハマヒルガオハマナス等々。花々に驚く筆者の心の高ぶりが伝わる。なんでも震災後は塩害で大打撃を受けたが復活してきたらしい。この時外来植物のみ消えたというのは象徴的な話で面白い。「種差」とはアイヌ語由来(長い岬の意味)であるらしいとのこと。出かけてみたいが遠いなあ。

 沖縄の「富盛(ともり)」の話も実に短いが興味深かった。ここの勢理城(じりぐすく)跡に沖縄最大最古のシーサーがあるらしい。このシーサーは1689年村の火災避けに作られたものということだが、1945年の沖縄戦ではこの像を挟んで日米の激戦が繰り広げられたというのだ。検索でシーサーの足元に臥せるアメリカ兵の写真を目にした。アメリカ兵の弾除けになってシーサーはどんな思いであったろうか。シーサーにはいくつもの弾痕があるという。

 もう一つ書き写して記憶に残しておきたいのは「玉蟲左大夫」という人のこと。この人のことはアイヌ文化由来の地名「濃昼(こきびる)」の件に出てくる。江戸末期の人で蝦夷巡検隊の記録係として出てくる。北海道の紀行記録としては『入北記』があるが、後に遣米使節から世界一周した記録『仙台藩士幕末世界一周』の書き手でもあった。実に開明的で「近代的知性、感性」の持ち主だったらしいが維新の動乱の中で切腹して果てたという。西の坂本龍馬に比すべき東の存在だったらしいが、今まで知らなかった。この本で初めて知っていい人を教えていただいたと思った。

 地名というのはどこも古い謂れや地形に根ざしており近頃わかりやすいとかおしゃれとか便宜的とかいうだけで簡単に改名するのはどうかと思う。うちの市も一時読みやすい名前にという議論があったが変わらなくて良かった。市の名前は古代の豪族の名前に由来するし住所に残るかっての町名は正倉院文書の美濃の戸籍にもあるもので綿々と住繋がれてきた証だ。

 

 

 

 

          禁色のいろこそ良けれ花菖蒲

 

 

 

 

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風と双眼鏡、膝掛け毛布 (単行本)

風と双眼鏡、膝掛け毛布 (単行本)

  • 作者:香歩, 梨木
  • 発売日: 2020/03/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)