柚子湯

井上ひさし ベスト・エッセイ』   井上 ユリ編

 夫人による井上ひさしさんのエッセイ選集である。井上さんの本はよく読んだから中には既読のような気のするものもあったが何度目だとしても井上さんのは面白い。にやにや、くすくす面白いのとあまりの博識、マニアックで面白いのと両方だ。

さて、前者の面白い話をひとつ。ある年、井上さんは腸のねじれで短期間の入院をした。同じ病棟に赤塚不二夫さんも入院していて院内にもかかわらずハチャメチャ騒ぎが始まる。そこのところをちょっとだけ引くと

 「赤塚さんは病室の窓の外にコーヒーがの空缶を針金で吊していた。先生や看護婦さんがいなくなると、空缶を吊り上げて灰皿にする。また、扇風機を何台も持ち込んでいた。煙草の煙が籠もったときは、、一度に扇風機を回して、煙を外へ追い出す。戸棚にはミニバーのようなものがしつらえてあって、赤塚さんは酒を飲みながら、つづけざまに煙草をふかしていた。

消灯後はベットの下に隠しておいた映写機を引っぱり出して、スクリーン代わりの病室の壁へ赤塚さんが自主制作したギャグ映画が上映される。」

 外部の人間も呼び込んで(例えばタモリさん)そんなこんなの大騒ぎで二人は一週間後に病院を追い出されるわけだがその理由が奮っている。

「いくらなんでも、夜中にラーメンの出前をとるのは、ひどすぎる」

もうひとつ、実にユニークな烈女ともいうべきお母上の話もまたまた面白いと言うべきか驚愕するというべきか。

 その他、げたげた笑う面白い話はいっぱいあるのだがもう一方の面白い話は、ともかくマニアックさが半端ではないこと。地図好きが高じて小林一茶の戯曲を書くために自分で文化七年版の江戸の地図を描いてしまったというのだ。地図の元種にしたのが同じ文化七年版の随筆で、そこに出てくる地理的情報を一枚の紙に図示して作りあげたというから全くすごい。同じように大年表を作る話もある。

 井上さんが硬派な反戦主義であったことは自明の理だが巻末には「日本国憲法」の序文の子供向け訳がある。平易な言葉で読むと、改めてこんなに素晴らしい憲法をもっていることに目頭が熱くなるのもまたこの本のよさである。

 

 

 本日冬至。それにしては暖かい。柚子ならぬ甘夏でこの冬最初のマーマレイド作りをする。図書館に出かけ『鶴見俊輔伝』を借りようとしたら昨日まで貸出可だったのに県図書館も市図書館も貸出中になっていた。同じことを考えた人が多かったようだ。

 

 

 

 

   金溜まることに縁なき柚子湯かな  鈴木 真砂女

 

 

 

 

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