朝寒し

『文学フシギ帖』 池内 紀著

 池内さんファンとしては読んでいてもよさそうなのに読んだ覚えがない。いつものごとく畳み掛けるような歯切れのよい語りっぷりと引き出しの多さに感嘆。

 「日本の文学百年を読む」と題して鴎外から村上春樹まで五十三人の作家を取り上げておられる、はずだが巻末の一覧表と内容が一致しないのがフシギだ。何回ページを繰っても「平野万里」と「吉井勇」の項が見当たらない。

 それはさておき、こんな読み方もあったか、こんな人柄だったか、こんな裏話が隠されていたかとなかなか興味深かった。

 へーっと思ったことから一部を書き出せば、漱石に猫ならぬ狸を主人公にした小編があるとか、啄木の死を看取ったのは唯ひとり牧水であったとか、『夜明け前』の第二部第一章はすべてケンベルの旅行記とハリスの口上書で占められているとか、井伏鱒二の「唐詩選」のかの有名な和訳に元訳になった古書があったとか。

 俳句に関心がある当方からすれば尾崎放哉の話。超有名な一句「口あけぬ蜆死んでゐる」はもとの形が「口あけぬ蜆淋しや」だったのを師の井泉水が添削した結果だったというのだ。師の添削ということは俳句ではよくあることだがこれだけがらりと重みが変わり代表作となるとフシギでならない。もっとも添削については放哉の死後のことである。

 詩人が何人か登場し詩に疎い身としては気になる何人かあり。今後の宿題である。

 

 

 

 

          足速の人追い抜きぬ朝寒し

 

 

 

 

文学フシギ帖――日本の文学百年を読む (岩波新書)

文学フシギ帖――日本の文学百年を読む (岩波新書)