ちちろ

『短篇礼讃』 忘れかけた名品  大川 渉編

 またまたTの未読本の書棚から出してくる。book/offの500円のシールが貼られているので古本としては少しお高いほうか。

 「類まれななる才能を十分開花させることなく早世した作家たちの心癒やされる短篇」とある。

 全編が心癒やされるかどうかはかなり怪しいのだが(中には重苦しい内容のものもあった)読後感の良かったのは小山清『犬の生活』久住十蘭『春雪』野呂邦暢『水晶』の三篇である。

 なかでも『犬の生活』は爽やかな読後感で心に沁みた。人付き合いの苦手な男がなついてきた一匹の妊娠した雌犬を飼い始める。犬の瞳にほだされて甲斐甲斐しく世話をやくうちに人並みの暮らしのリズムや生活感というようなものを取り戻していく話だ。

 「メリーと暮らすようになってからは、家に落着くようになった。・・・・読書に倦んで本から目をあげ、土間にいるメリーと視線があったりすると、私はなんとなく安心して、それこそアット・ホームな気持になる。」

 犬との交流で男の孤独な暮らしがみるみる癒やされていくのは読者にとっても心地よい。その上に男が離れを借りている大家のお婆さんもメリーを見てくれる獣医さんも善意な人であるということがさらに嬉しい気にしてくれる。

 ところで、私は小山清という作家を全く知らなかったが、こういう幸福感の満ちた小説とは反対に随分悲しい一生を送った人だったようだ。円熟期に脳梗塞失語症となり家計を支えた妻は過労と心労で自殺、失意のうちに亡くなったらしい。検索をかけたら図書館に数少ない作品集があるようなので読んでみようと思った。

 

 

 九月も半ばなのに相変わらずの真夏日。当地は全く暑い。(今年は暑さ日本一に何度なったかしらん)それでも秋になったら何となく編み物がしたくなる習性だから早速編み棒を出してきた。本当は春先に前身頃まで編み終わったカーデガンの続きがあるのだが複雑な編み方で手始めとしては気が乗らない。目をつむっていても編めるような簡単なものをと残り糸で冬帽子を編んだ。気の早いことだが寒い日の散歩用である。

 

 

 

 

          廊下隅夜辺のちちろの骸かな

 

 

 

 

短篇礼讃―忘れかけた名品 (ちくま文庫)

短篇礼讃―忘れかけた名品 (ちくま文庫)

 

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