涼し

『魂の秘境から』 石牟礼 道子著

 文章を書くということは、自分が蛇体であることを忘れたくて、道端の草花、四季折々に小さな花をつける雑草とたわむれることと似ていると思う。たとえば、春の野に芽を出す七草や蓮華草や、数知れず咲き拡がってゆく野草のさまざまを思い浮かべたわむれていると時刻を忘れる。魂が遠ざれきするのである。わたしの場合、文章を書くということも、魂が遠ざれきすることになってしまう。遠ざれきとは、どことも知れず、遠くまでさまよって行くという意味なのである。

 石牟礼さんの遺作である。身体の自由を失った石牟礼さんの魂(まぶり)は蝶となって水俣の懐かしい海辺や野山を遠ざれきする。幼かった頃の親しかった海や山の思い出。父や母に慈しまれた日々。そして、たおやかな水俣弁のひびき。

 間あいだに挟まれた芥川仁氏の写真もまた詩情にあふれ、珠玉の一冊となった。

 享年九十歳。このような高齢までかくもしなやかな魂(まぶり)を持ち続けた稀有なひとであったと思う。

 

 

 

 

          理髪店客来るまでの門涼み

 

 

 

 

魂の秘境から

魂の秘境から