椎の花

『モンテレッジオ小さな村の旅する本屋の物語』  内田 洋子著

 きっかけは「ヴェネツィアの水先案内人であり知恵袋である」老舗の古本屋の始まりが、山岳地帯の辺鄙な土地モンテレッジオ出身の本の行商人と知ったことだ。「本の行商人とは」彼女の興味はそこから始まった。山また山を越えて訪ねた村は住民は僅かで消え行くような古い村。村には籠に古本を詰め込み抱えて売り歩く屈強な男の姿を模した石像が立っていた。ここを拠点に村人は本の行商を始め本屋を営み出版社を興すまでになっていったのだ。本の行商を始めたのは貧しさゆえ。災害で立ち行かなくなった農業の代わりに村の唯一の品物、森の栗や山の石を売り歩き、帰り荷に暦や祈祷書を持ち帰って売り歩いたのが始まり。行商人はときには禁書を運んで独立に寄与しファシズムにも抗い、過激な恋愛物も運びバチカンに警戒された。しかし顧客の好みに応え隅々まで本という情報を届け、本の流通システムを作り本を通して文字通り文化の担い手になったのだという。

 さて、現代のイタリアでの出版事情は全く今の日本に酷似する。つまり本を読む人が減り本屋も減り出版社は自転車操業のごとく新刊本を次々とだすという現実だ。そしてさらに状況を厳しくしているのがインターネット書店だというのも変わりない。しかし書棚の数多の本の中から好みの本を探し出す書店の楽しさは代えがたいと筆者は説く。

 本屋巡りが好きだった当方だが最近はすっかりご無沙汰だ。ご無沙汰なのは本屋に限ったことではないのだが、本に関しては老い先短いのでこれ以上ものを増やしたくないという気がある。本屋さんには悪いのだが図書館だけはしっかり利用しているから本を読まないわけではない。まあ当方が買わないぶん家人が買っているので勘弁願いたい。イタリアの本屋の歴史はわかったが我が国の場合はどうなのだろう。本の行商人などということは聞いたことがない。行商とはちがうが職場に本を売りにくる人はいた。文学全集やら百科辞典は割賦販売で買った気がする。毎月児童書や雑誌を届けてくれる本屋さんもいた。学校帰りに寄った本屋、仕事帰りや買い物ついでに寄った本屋、つらつら思うに昔通った本屋はみんななくなってしまった。

 

 

 

 

     椎の花ひときはしるき夜のかをり

 

 

 

 

モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語

モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語

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先日出かけた折りに手に入れました。長い間欲しかった「都忘れ」です。