桜餅

『いのちの旅』  原田 正純著

 筆者は神経精神医学の医師で半世紀近く水俣病の患者に寄り添ってきた方である。この本は新聞に掲載された小編を集めたもので全体として非常に読みやすい。初めは水俣病の話から始まるが、あとは国内から国外まであらゆる汚染現場に出かけての報告である。そして、そこでの筆者の一貫した立ち位置は常に弱いものの側に立つことである。

 共通して見られるのは被害が深刻化するまでなんら救いの手もなく不安に苦しむ庶民の姿であり、被害を認めようとしない企業なり政府・またそれに加担する学者の存在だ。

 水俣病の治療・研究の第一人者であると思われた熊本大学では、原田さんは異端扱いを受けて自分の大学なのに水俣病の講義すら出来なかった。また水俣病研究のための膨大な研究費を受けとった研究者の多くが裁判では国側の証人になった。

 償おうとしてもとても償えるものでない。被害者がわずかに癒やされるのはその責任の所在が明らかになり、事件が将来に教訓として活かされる時である。

 まえがきで原田さんは「水俣学」の始まりを提唱された。未だ明らかになっていない被害の全体像の研究を進めること、被害者の苦しみを先々の人の暮らしに役立てること。

 解説によれば原田さんの遺志は引き継がれているようである。

 

 

 

 

          売り切れてをり門前の桜餅